2019年11月01日

絶妙人事。

昨日はハロウィン。

一応、とりあえず乗っかった我が家も、昨夜は

オレンジと黒と紫の食材を使った、ハロウィンディナーでした。


いつもテンション低め安定の地蔵タイプの私ですが、

テンション高めイベント大好きパリピ姉に、

ただの日常を積極的に盛り上げ、楽しむことを

教えられている気がします。

同じ親から生まれているのに全然違うなぁと思いつつ、

でもとても仲良しなので、私に足りないところを

自然に補ってもらえている感じです。


同じ親から生まれたと言えば、弟とも、仲は良いながらも

その違いに驚かされることが多々あります。

テンションこそ私と同じく低めですが、弟は情緒が豊かで

ハート繊細、そしてスーパー受容的。

情緒パサパサでメンタル鋼、スーパー我が強い私から見ると、

非常に学ぶことが多いです。

神様は、うまいこと人員を配置するもんだなぁ〜。


さて先週末、久々に会った同期の親友2人とランチしに行った

横浜山手も、ハロウィンのコスプレキッズで溢れていました。(^^)

親友たちは、それぞれ個性豊かではあるものの、私にとって、

補充や学びというよりは、温泉のような癒しの存在。

今世の、この未熟な私に必要なのであろうと思われるものを、

与えてくれる人をちゃ〜んと人生に送り込んでもらって

いるんだなぁと感じます。

すんごいストレスでしかなかった人も、後になって思い返すと、

とても大きな気づきを得たり、自分が大きく変わったりする

きっかけとなってくれていました。

まーでもできれば、今後はストレスなしで生きていきたいので、

そういう方が送り込まれてくる前に、自分自ら真っ正直に自分と

向き合い、あらゆることから謙虚に気づきを得たいところです。(^^;)


ランチ後は、港の見える丘公園内の111番館で開催されていた、

イラストレーターあやちゃんのイラスト原画展へ。

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          111番館。

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      ハロウィン仕様の館内。

あやちゃんの描くイラストの世界は、ピュアな子供の心のように、

とにかく優しく、柔らかく、温かい。

同い年なのに、そういうハートを持ち続けることができる、

あやちゃんご本人にも感動です。

ソウイウヒトニ、ワタシハナリタイ。


しかしながら、人間、持って生まれた自分を生きるしかないので

あります。(-_-)

でももしかしたら、条件が整わないがためにまだ引き出されていない

一面が、まだまだ自分の中には眠っているかもしれませんよね。

DNAの大半は、不活性状態だって言いますし。

でっかい誰かの采配により、気づくべき時に、気づくような人や

出来事に出くわすのだと思います。


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     大さん橋も、ハロウィンでした。

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       みなとみらいの夜景。
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2019年10月24日

It's サーカス劇場。

今月、関東を襲った2つの台風には、驚愕させられました。

我が家のある地区は、川沿いながらも幸いにして難を逃れましたが、

予想のつかない気象変動の中、日本のどこに何が起こるか、

ロシアンルーレットみたいなゾワゾワした恐怖を感じました。

物心両面における準備をしておかなきゃ!と思う一方で、

自分の中に、「とは言えまさかね」という正常性バイアスも

感じます。

改めて、人生は紙一重なのだなぁと思いました。


紙一重といえば、人生に突然降りかかるケガや病気もそうですね。

昨日は赤レンガ倉庫で開催中の、岡部文明さんの個展を見に

行きました。

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岡部文明さんは10代の頃、今日本中で大盛り上がりのラグビーを

プレーしておられましたが、頚椎損傷によって車いす生活となり、

その後絵の才能が開花して、画家となられた方です。

サーカスやピエロをテーマに作品を創作されているのですが、

一連の作品群から、若い頃のショックや深い悲しみ、苦悩、

またそうしたものに押しつぶされそうになりながらも、

やがて哲学や思想が目覚め、「生」というものを俯瞰的に見る

視点が育っていく内面の過程が、ひしひしと伝わってくる

ような気がしました。

「誰しもが、与えられた生を生きるのみ」という、

生きとし生けるものの根源的な哀しさと諦観、

そして共感という一筋の希望を、サーカスやピエロにたとえて

表現されているように感じました。


確かに、この世はサーカスみたいだし、

人はピエロみたいですもんね。

この世が自己を表現する華やかなサーカスの舞台なら、

その舞台裏は潜在意識であり、それこそが生の本質なのだ、

そんなメッセージを感じました。

全作品を見終わって、展示場を去る時には、

深い潜在意識の世界から脱け出たような、

瞑想状態から我に返ったような、

そんな不思議な気分になりました。

すんごい良かったです。(*^-^*)


改めて、人間の人生の舞台裏、この世の不条理の舞台裏について、

もっと探究したいというモチベーションを感じました。

しかし芸術的才能皆無の私、その探究をどう表現していくかが、

難題だなぁ〜。”(-“”-)”


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     何とも穏やかな運河沿いを散歩。
     ここも台風の時は、相当荒れたのだろうなぁ・・・。

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       平和な午後の、アマルフィカフェ。
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2019年10月08日

キモチはカルマ。

やっと涼しくなってきて、やれやれですね。(*^-^*)

なのに、先日の母のお誕生日は、夏日でした。((+_+))

なので、予定していた行楽バースデーを急遽変更し、

近場バースデーにしました。


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    ディズニー好きの母に、メルヘン気分を。

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  食前酒の桃のカクテル、めっちゃ可愛い!&美味しかったです。

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   おめでとう!いつまでもいつまでもお祝いできるといいな。

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  秋の午後のみなとみらいは、どこかヨーロッパのよう・・・。

私よりずっと食欲旺盛で頑健な母ですが、最近はちょっとした

緩やかな坂でも、すぐぐったりとしてしまうようになりました。

年を取ってからの減量は、難しいものがあります。

代謝は落ちているし、低栄養によるフレイルは避けなくちゃ

いけないし、いつまで健康でおいしく食べられるか分からないから、

思いを残さないようにもしなくちゃいけないし・・・。

でも減量しないと、心臓に負担がかかるし。( 一一)

もっと早いうちに、適正体重を意識させるべきだったなぁと、

今さらながらに悔やまれます。


私には、祖母に大きな悔いがあり、母にも少々の悔いがある。

母はまだ存命なので、日々できる限り悔いのないようにと

心がけていますが、過去において、上記のような悔いを感じる。

我が人生、他の分野において至らない所は山ほどあるのに、

そこに悔いはなく、ここに悔いがあるのは、一体ナゼなのか。

多分、これがカルマってヤツなんだろうなと思います。

愛着=カルマなのかもしれません。


先日も姉と、「キモチって、何なんだろう?」という話をしました。

姉は、聴きに行った講演で、小泉元首相が講演のテーマそっちのけで

反原発を力強く語るのを聴いて、

「純ちゃんをそこまでモチベートするその『キモチ』って、

一体何なのか」

と、不思議に思ったと言うのです。

私はふと、原発事故後、小泉元首相が

「原発における安全神話を信じてしまったのは、

自分の犯した間違いだった」

と言っていたのを思い出しました。

輝かしい業績はさておき、そこを悔いておられるんですね。

姉は小泉元首相の講演の中で、「日本という国に対する深い愛着」

というものも感じたそうです。


人は皆それぞれ独自のカルマを持って生まれてきており、

そのカルマが深い“愛着”という感情として現れ、その愛着ある対象に

最善を尽くせないと、“悔い”という感情になって、

その人にカルマへの気づきを促し、人を勇気ある新たな行動へと

駆り立てるのかもしれません。

カルマはいわゆる「前世における借りを返す」ことなので、

現世的な得はないと考えた方がよく、得られるものと言えば、

内面的な清々しさです。


「内面的な清々しさ」、でもコレ、めっちゃ、いいですよね!

コレがあるとないとでは、人生、全然違うと思う!

純ちゃんとはスケールが大違いですが、私は私のカルマに則り、

今後もなるたけ悔いのないよう、愛着の対象に最善を尽くしたいと

思います♪(^^)
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2019年09月25日

ミステリー仕立て。

ブログさぼり癖がついてしまった・・・。

パソコン不在時に我慢していたホロスコープ研究が、

やめられない止まらない。(^^;)

最初は何のこっちゃと意味をつかみかねていたものが、

だんだんとそのイメージが見えてきたり、

「理解を誤っていた!」と気づいたりと、

ミステリーみたいで面白いです。

占星術は、はるか彼方の昔々から人類社会に受け継がれている

知識体系なわけですが、一体、だ〜れがこんな壮大なものを

編み出したのか・・・。

その方と、ぜひお話がしてみたいです。(*^-^*)

まぁ現代のIT関連も、私にとっては壮大なミステリーですが。

(しかしこちらのミステリーには、全く興味がわかない。”(-“”-)”)


最近は、空が秋っぽくなってきて綺麗ですよね。

昨日は、電車の窓から見える夕日が、めちゃくちゃ美しかったです。

電車通学だった中学生の頃からずっと見ている車窓の風景ですが、

ふと、

「この目を通して、この体の内側から外側の夕日を見ている“私”は

変わらないのに、外側の世界から見た“私”は、いつの間にかエラく

変わっちゃったもんだなぁ〜」

と、一瞬エアポケットに入ったかのような、奇妙な感覚に

陥りました。


それをその後会った友達に言ったら、

「そりゃそうだよ〜、もうおばさんだも〜ん」

とゲラゲラ笑っていましたが、

私が感じたのはちょっとニュアンスが違って、何というか、

自分の中に、「時間を超えている何者か」がいるのを

感じたんですよね〜。


それはきっと、この世に出てくる前からいる何者かで、

それは幼少時も今も、不動不変の状態で私の中に居座っており、

その何者かが、この世の夕日を、切ないような、懐かしいような、

名残惜しいような感情で、心から愛でている感じだった。

そして、それには全く経年劣化というものがないのに、

それを内包している今の自分は、見るも無残に経年劣化している

ことに気づいた時の、私の軽い衝撃。( ゚Д゚)


何かちょっと、一足飛びにタイムワープしたような、

あるいは玉手箱を開けた浦島太郎みたいな、

そんな不思議な気分になっちゃったのです。

人間の内的感覚というものも、ある意味ミステリーですね。

もしかしたら人生自体が、壮大なミステリーなのかな。

その謎が解けるかどうかは、名探偵の腕次第、みたいな。

そう考えると、ワクワクしてきますね。

我が人生の、金田一になりたいな。(^.^)


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   猛暑の夏から長引く引きこもりから、久々脱出。表参道。

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   アルマーニカフェでランチ。この日常が戻ってきました。(^^)

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          昨日は銀座。

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    親友のお誕生日会でした。おめでとうっ!
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2019年09月04日

熱中症でダウン。

随分と長いことご無沙汰してしまいました・・・。(^^;

ずんごい猛暑に耐えかね、熱中症でダウンしまして・・・

パソコンが。\(◎o◎)/!

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       これだも〜ん。

ちょっと涼しくなってきてから買い替えよう・・・と、

猛暑の間はデジタルデトックス期間として金田一を読みまくり、

先日やっと、新しいパソコンを買ってきました。

もともと超アナログ人間なので、デジタルデトックス期間も

それなりに楽しかったのですが、調べ物ができないのが、

ちょっと不満でしたね〜。

ホロスコープのお勉強ができない。(>_<)


改めて、最新のデジタル技術によって「知の宝庫」が人類に開放

されているという、現代の有難い恩恵に、しみじみ感謝せずには

いられませんでした。

どういう仕組みでそうなっているのか、さっぱり分からないのだ

けれど・・・。


まーそれを言ったら、人生の仕組みも、何がどうしてそうなって

いるのか、分からないままに生きていますもんね!(^^ゞ

何がどうしてそうなのか、明確に分からなくても、

恩恵は恩恵として、有難く受け取ろうと思います♪(*^-^*)


ところで、「有難いな〜」って気持ちが湧き上がると、心に幸福感が

満ちるものですが、自分が人生から受け取っている恩恵って、

意外にも意識できていないことが多いものです。

私は自分が現実分野であまりに無力なので、人生でもたらされる

恩恵にしみじみ「有難いな〜」と思うことが多いのですが、

有能なる友人たちは、多くの恩恵に恵まれていても、

不満や不安の種が尽きないよう。

私からしたら、うらやましいほどに安定した人生を手に入れている

彼女たちですが、彼女たちからしたら、いつでものほほんとしている

私のメンタルがうらやましいのだそうです。(^^;)

私が彼女たちの人生を生きていたら、もっと超絶のほほんと

しているわ〜と、思うのですが。


今現在受け取っている恩恵にしみじみ感謝せずに、心の中の

不満や不安に注目してヤな気分になってしまうのは、

もったいないなと思うのです。

まるで、本当はすごい美人なのに、自分はブスだと思い込んで、

暗く生きてる少女漫画の主人公みたい。

だったら、本当は少々残念な感じなのに、自分は美人だと

思い込んで、ぶっちぎりで明るく生きてる主人公の方が、

ずっと幸せそう。

自分の人生の主人公は自分であり、人生は何だかんだ言って

主観なのだから、ぶっちぎりで幸せそうな方が、

よくはないですか〜??


ま、空気が白々としないよう、時には客観も必要ですが。(^^ゞ

ヤな気分にならない程度に客観を交えつつ、恵まれている恩恵に

より注目して、しみじみと有難さをかみしめつつ、

いつでも幸せ気分で生きていたいなと思います。(^.^)

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   先日は、私に恩恵をドサドサ注いてくれる姉のお誕生日。
   海の見えるフレンチレストランにて、家族でお祝いランチ後、
   大さん橋のカフェでお茶しました。

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   ゾウの鼻パークの端っこより、夏の終わりの風景。
   私のサンダルが壊れ、猛暑の中、主役の姉をコンビニまで
   走らせてしまいました。(^^;)
   お姉さま、いつも本当にどうもありがとう!!
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2019年07月24日

劇的ボケ防止。

梅雨明けしないうちに、子供たちは夏休みに突入しましたね。

我が家に子供はいませんが、子供のような心を持った母がおります。(^^)

この母ですが、2カ月ほど前から、突然、絵を描き始めました。

というのも、1日のうちに何度もうたた寝してしまう、いわゆる「傾眠」が

ヒドくなってきたので、何とかしなくちゃね〜という話をしていたところ、

「実は自分はカンディンスキーの絵が好き」だということを母が思い出し、

なら自分も似たような絵を描いてみれば〜?という流れになって、

とりあえず描き始めてみたところ、止まらなくなって、

もうすでに100枚以上、描いてしまったとのこと。\(◎o◎)/!


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     これはかなりカンディンスキーっぽい。

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       これは母の脳内っぽい。

このまま行ったらボケるんちゃうか、と思われた頻繁な傾眠も、

ものの見事にスパッとなくなり、途中ハワイアンソングの練習を

挟みながら、朝から晩までせっせと絵を描いているのですが、

ご本人曰く、「楽しい!\(^o^)/」のだそうです。

何だか、夏休みの子供みたい・・・と、お絵描きに没頭する母を

横目で眺めつつ、楽しくて、かつ脳も活性化するなら何よりだ、と

心からホッとしております。(^.^)


「好きなことをやる」ことが、こうも脳みそを劇的に活性化させるのを

目の当たりにして、今後未曽有の高齢化社会を迎えるに当たり、

それぞれが自身の「好き」を発掘することの重要性を、

再認識した次第です。

飽きっぽい私は、老後に脳みそが活性化するほどの「好き」が

あるかどうか、実に不安だなぁ〜。

歳を取るにつれて、昔ワクワクしたことにも、全然ワクワクしなくなって

きてるしなぁ〜。

でも母も、昔どこかで見たカンディンスキーの絵にワクワクしたことを

心のどこかで覚えていて、それが老後の今、着火したことを思うと、

これまでの人生で出会ったワクワクの種は、時期が来るまで自分の中に

眠っていて、あるタイミングが来ると、一気に表出するものなのかも

しれません。


「ワクワク」や「好き」といった積極的な情熱というのは、

ホロスコープでは火星が表しています。

母の火星は乙女座5ハウスにあるので、生命の発露のような、独自の

自己表現によって、実際に人の役に立つのが大好き。

すでに大好きな歌ではボランティアをやっていますが、今後は絵でも、

何かしら人様のお役に立ちたいと考えるのかもしれません。

私の火星は射手座3ハウスなので、手近なところで真理の探求をするのが

大好き、と出ています。

まーそー言われればそうか。

老後もそれか。( 一一)

何か地味だな〜・・・。どうかボケませんように・・・。(;一_一)

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陶芸が趣味の70代の親戚からもらった、お手製の箸置き。
何とも言えぬカワイさで、かなり私好み!(^.^)
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2019年07月11日

七夕の内観。

先週末は、七夕でした。(^.^)

七夕と言えば、短冊に願い事ですが、ウチでは毎年、

ガッツリ内観の機会としています。

A4用紙に、

・「手放したい状況」

・「(その状況を生み出す基となっている)手放したい意識」

・「理想の状況」

・「(その状況を生み出す基となる)理想の意識」

・「手放すことによって生じると思われる不都合な状況、

  生じると思われる痛み」

・「不都合な状況や痛みを生み出すことなく、理想の状況を得るための

  斬新なアイデア」

を、本心に従って正直に書き出して(誰が見るわけでもないので、

本当に心の底から正直に)、あとは神様に丸投げすべく、

庭に掘った穴の中で燃やします。(もちろん、火気管理は厳重に)


昔何冊か読んだNLPの知識を基に、私が用紙を用意して、家族に

渡すのですが、「これは時間がかかる!」「難しい!」とのことで、

七夕過ぎても皆全然書き上がらず、いまだ神様に献上できていません・・・。(^_^.)


「手放したい状況」「理想の状況」の後に、「手放したい意識」、

「理想の意識」を書き出すのは、「状況を生み出す基となっているのは、

意識である」という考え方からです。

これも様々な本から学んだ知識で、実体験的にも実感があり、

多分そうなんだろうな〜と。

「手放したい状況」の裏には、自分の中にその状況を生じさせている

「意識」があり、また「理想の状況」は、今の自分の中にはない「意識」

から生じるものなので、まずは「手放したい状況」を生み出している

自分の中の「意識」を手放し、新たに「理想の状況」を生み出すような

「理想の意識」を自分の中に育てないと、「理想の状況」は

どうしたって生じてきっこない、という論理です。


つまり、平たく言えば、自分の中に「セレブ意識」がないと、

セレブにはなれっこない、ということです。(笑)

まーセレブが日々どんな意識で生きておられるかなんて、

ちょっと想像もつかないのですが。(^^ゞ


「手放すことによって生じる不都合な状況うんぬん」、

「〜斬新なアイデア」の項は、現実に不都合な状況を生じているのに、

その元となっている意識を手放せないのは、潜在意識が

「それを手放すとコワイ目に遭う」と思い込んでいるから、

という心理学的根拠からです。

それ以外に、コワイ目に遭うのを避ける術がない、と思い込んでいる。

潜在意識は、幼い子供のように純粋(視野が狭い)なので、

解決法はそれこそ星の数ほどある、という発想がないのです。

なので、大人意識である顕在意識で、斬新な解決法をいくつか提案して、

自分の中の、思い込みをギュッと握りしめた手を緩めさせてあげる、

というのが、この項目の目的です。

解決法は星の数、という意識が集合無意識に広く沁み渡っていったら、

いたいけな子供がいじめで自殺、なんてことも少なくなるのになぁと

思います。


この「七夕の内観」を何年もやっていると、だんだん自分の書く

「願い事」の裏にあるのが、「世間体や社会通念」なのか、

それとも「心の底からの本心」なのかが、

おぼろげに見分けられるようになってきます。

「コレ毎年書いてるような気がするけど、叶ってないな〜」なんてのは、

よ〜く内観してみると、世間体を気にするアタマが願っているだけで、

そうしたものから解放されている、幼子のように純粋なる心の奥底では、

全然違うことを望んでいたりもするのです。

あるいは、アタマもココロも、本質的な願いは一緒だけれど、

アタマでは凝り固まった方法論を願っていただけだった、とか。


全ての雑念や煩悩を取り除いて、本当にクリアに内観ができる、

なんてのは、もしかしたらお釈迦様レベルにならないと

難しいのかもしれません・・・。(^_^.)

でも毎年ちょっとずつ、雑念や煩悩を流して浄化していくことは、

凡人にもできるのではないでしょうか・・・っていうのが、

毎年七月七日には、笹に願い事を書いた短冊を吊るして川に流す

という、日本の素敵な風習の根本的意義なのかもしれませんね。


皆様ももしよろしかったら、お時間ある時に、上記項目について、

内観してみてください。

書き出した紙は、庭で燃やさずとも、神棚に上げた後破って捨てたり、

紙ヒコーキにして飛ばした後に回収して燃えるゴミに出したり、でも

いいと思います。

単に、神様に丸投げした(自分は手放した)ことを潜在意識に

刻み込むための、儀式に過ぎないので。


あらゆる宗教やお祭りに意味不明な儀式的行為があるのも、

きっと、そういった意味合いがあるのでしょうね〜。

一見意味不明な伝統的儀式や風習にも、実は深く掘ってみると、

科学的(心理学的)な根拠があるんだな〜と思います。

昔の人は、スゴイですね。

(科学的根拠も、分かりやすく後世に伝えといてくれよ〜

 とも、思いますが。( 一一))

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   西荻窪の有名店「オルガン」にて、親友たちと、恒例のお誕生日会。
   パートを始めたばかりの主婦の親友が、職場の愚痴をお酒で流して
   いました〜。(^^)
   お酒で流して友達と笑い飛ばす、っていうのも、全世界共通の、
   素敵な風習の1つですね!(^_-)
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2019年07月01日

思索にうってつけ。

今年は空梅雨気味かな?と思っていたら、本格的な梅雨っぽく

なってきました。 落ち着くわ〜。(^.^)

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      ウチの庭の紫陽花。今年はこれだけ。

鼻炎も、ほぼほぼ治ってきました。

緑茶パワー、スゴイかも。(◎o◎)

治ってくると、ついコーヒー習慣に戻ってしまうのがアレですが。(^^ゞ

臨機応変にチャンポンしながら、健康を維持したいと思います。(^^)


長引く鼻炎から、過去においてあらゆるセラピーや占い師さんから

突きつけられていた「女性性」のことを思い出した、という話を

前回記事でしましたが、その後、ちょっとキチンと調べてみようと、

ネットで検索してみました。

すると、「女性性」とは、単に「自分からガツガツ動かない」という

ような、薄っぺらい意味合いに留まらないことが分かりました。


ざっとご説明しますと、宇宙の創造原理である陰陽エネルギーの

「陰エネルギー」に相当するのが「女性性」であり、それは

内面において育まれる豊かな生命力であるのだそうです。

対して「陽エネルギー」に相当する「男性性」は、その生命力を

外界に表現し、生命の望みを現実に実現させるための、

力強い実行力を指すのだそうです。

つまり「在る」のが女性性で、「成す」のが男性性。

この2つのエネルギーが協働し合うことによって、ビックバンのような

爆発的な創造力が発揮されるのだそうです。

ちょっと、日本神話のイザナギとイザナミの絡みを思い出しますね。(^_-)


「生命力」である「女性性」を生かして生きるということは、

「生命そのものとして生きる」ことであり、「生きている意味」

「生まれてきた意味」を実感しながら、「在るがままに」生きる

ことなのだそう。

しかし「成果を出す」ことを至上とする男性性が優位な現代においては、

そうした「在るだけで満たされる」という女性性をないがしろにして

生きている人が多数なんですって。

日本神話でも、イザナミは黄泉の国へと潜り、迎えに行ったイザナギに

醜く変わり果てた姿を見られて、こっぴどくフラれますもんね。

(老後にめでたく再会して、ハッピーエンドとなりますが)

これって、天界においては美しかった生命力が、弱肉強食の地上では、

利己心(生存本能)によって醜くなっちゃった、ってことかな〜と

思います。


幼い子供たちは、地上においても天界におけるような美しい生命力を

持っている感じがしますね。 キラキラしてるもん!(^^)

そうした幼子のような「生命のきらめき」を持つのが女性性で、

そのきらめきを護り、「生命」が望む状況を実現するのが男性性、

ってことらしいです。

で、一人の人間の中で、その両方がバランスよく協働していると、

「アタマ」ではなく「ハラ」が望んでいる、真に満たされる人生が、

サクサク創造できるのだとか。


バランスが大きく崩れると、それを均衡に戻そうとするのが自然の理

ですから、今の「働き方改革」なんかは、ある意味、揺り戻しなのかも

しれません。

今後は、より自分の中の「生命」を実感できるような生き方を選ぶ方が、

増えてくるのかもしれないな〜と思います。

皆が皆、弱肉強食の競争原理を超越した、より天界に近い、純粋な自分の

「生命」を尊重して生き始めた時!

どんなビックバンが起こるのでしょう〜。(^.^)


と、「女性性」の真意を知るにつけ妄想が止まりませんが、

自分はと言えば、ホロスコープによると、「陰陽バランスが

究極に偏った状態」で生まれてきているのでありました。(――;)

でももう結構長いこと生きてきているから、そろそろバランスが

取れてきてもいい頃なんじゃないかな〜。( 一一)

カモン、ビックバン!(笑)


創造原理以外にも、女性性には「無抵抗」とか「能動的サレンダー」とか、

イエスや法然&親鸞の生き方に通じる意味合いがあります。

「陰エネルギー」ということは、「目には見えない、隠れたもの」

ということなので、つまりは「潜在意識」=「カルマ」を表すのかな〜

と思いました。

「在りのままの生命」が引き寄せる「カルマ」を解消し切ったその時に、

目の前に現われる新たなまっさらな境涯のことを、

ビックバンと呼ぶのかもしれません。


つらつらと、長くなってしまいました。(^^ゞ

やっぱり梅雨って、思索にうってつけだわ〜。(^^)
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2019年06月20日

長引く鼻炎。

玄関先の松の手入れが面倒なので、「切っちゃおうか〜」と話していた

矢先に、松のてっぺんに鳩が巣を作り、「これって吉兆らしいよ〜、

松切るの、やめよっか」と話していたら、その鳩の巣がソッコー

猫に襲われ、「あちゃ〜。じゃ〜やっぱり切ってもらおうか」と

植木屋さんにお願いしたら、「庭に松竹梅が揃っているのは

縁起がいいので、切らない方がいい」と言われて、やっぱり残す

ことになり、何だか運が上がったり下がったりなこのところ。( 一一)

5月頭に発症した鼻炎も、まだ完治せずに過去最長記録を更新中で、

やはり年初のおみくじ通り、今年は小吉ってところでしょうか…。(^_^.)


以前、ナゾの体調不良に見舞われていた時、ある占い師さんに

「体調を悪くしない限り、あんた自分から動いちゃうから、

神様があえてそうしている」と言われたことがありました。

その後、占い師さんのおっしゃる通り、体調は自然に良くなったので、

「動いちゃいかん時期だったってことね〜」と思っていたのですが、

ホロスコープによると、私は今世、「流され」たり、「受け容れ」たり、

「埋没」したり、「滅却」したり、「超越」したりがテーマなので、

イザという時以外は、総じて動かん方がいいらしい・・・。(;一_一)

どうやら前世で、めっちゃ流されず、受け容れず、埋没せず、滅却せず、

超越せずの、雄々しくも猛々しい人生を送ったらしいです。(^^ゞ

どうりで、あらゆるセラピーや占いで、まるで申し合わせたかのように

「女性性」をテーマとして突きつけられるのですが、ここ数年、

こう鼻炎が頻発&長期化するということは、未だ体調不良を通してしか、

「受動」「消極」などの「女性性」に留まっておれないと、

神様に思われているのかなぁ〜。(^_^.)


過去生から持ち越したものは、無意識レベルのものなので、

矯正するのはなかなか難しい。

めっちゃ気をつけて、意識的に、自分の思考パターンや行動パターンを

矯正して習慣づけていかないと、すぐに戻っちゃいますからね。

まぁ、とは言え鼻炎は、加齢や寒暖差による免疫力の低下が

直接の原因だと思うので、朝のコーヒー習慣を、夏風邪予防に効くという

緑茶に変えてみました。

何か、そこはかとなく効いてる気がする!(^○^)


人生の中で、相も変わらず繰り返し経験するような事柄については、

目には見えない裏の力や意味合いにも、思いを馳せる必要があるかな〜

と思います。

もちろん、現実的な具体的対処も、非常に重要ですが。

私も、朝の緑茶を習慣づけつつ、何事につけ女性的な「リアクションモード」

を心がけて、長引く鼻炎が治るかどうか、観察してみようと思います!(^^)

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   数日前の、息を呑むほどに神々しい夜空。
   陰性エネルギーの月は、女性性の象徴だそうです。
posted by noa koa at 12:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする