2020年08月31日

生も死も。

「生き延びる」ことがテーマのような、2020年の夏。

大好きなサンドレスを一回も着ることなく、

夏が終わっていく・・・。

ならばと言うわけでもないのですが、おうち時間を持て余した母が、

家にあった古布で、オシャレなルームウェアを作ってくれました。

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どうも少なくとも今年いっぱいは、コロナからの解放は

なさそうですが、せめてカワイイ部屋着で、

おうち時間を快適なものにしたいです。


この夏のコロナ再燃は、まぁまぁ予想できましたが、

何がショックだったって、そりゃもう、三浦春馬くんです。(T_T)

この長引く自粛生活の中、毎週の「せかほし」で、春馬くんの笑顔と

「素敵だね〜」に心癒されるのが、何よりの楽しみだったのに。(:_;)

個人的に知っている人ではないのに、

また、熱狂的大ファンだったわけでもないのに、

いまだに喪失感と悲しみが心の中から消えない不思議。

彼の訃報をきっかけに、表からは見えない人間存在の深さとか、

それぞれの人生の意味とか、色々なことを考えてしまいます。


一方で、春馬くんの今の状態に思いを馳せると、

こちらの喪失感とは裏腹に、「清々しさ」しか

感じないんですよね〜。( 一一)

何か、「役目を終えた感じ」とか、「人生シナリオの完了」とか、

そんな感じ。

毎週の「せかほし」や、今後のドラマをめっちゃ楽しみにしていた

私からすれば、「え〜っ」って感じですけど、春馬くんのお役目は、

イケメン好きの大勢を癒したり、楽しませたりすることでは

なかった模様・・・。

断腸の思いですが、「たくさんの癒やしをありがとう!」の

思いと共に、ご冥福をお祈りしたいと思い…思い…く〜っ、

くやしいけど、思います。(すでにご冥福っぽいけど)


コロナ禍のせいか、今年は結構、「死」が身近な年だなぁと

思います。

私は元々地に足がつかないタイプで、「生」よりも「死」に興味が

あるようなところがありますが、最近は、その境目が曖昧になって

きちゃったというか、どちらにせよ通り過ぎる「経験」だよねって、

感じるようになってきました。

人間とは、経験すべきを経験するため、または果たすべきお役目を

果たすための有機体であり、それが終われば、「もういいよ〜」

って感じで、死が訪れるのかなって。


つまりそれは神様からの卒業祝いみたいなもんで、そう考えると、

「死」のイメージは、とっても優しいものになります。

だからってその卒業を、人間である自分が勝手に決めたら

あきませんけどね。


私がそもそも持っている「死」のイメージは、上記のように

とても優しく、まるで1日のお仕事を終えてお風呂にも入って、

「もう今日やることは全部やった〜。あとは寝るだけ〜」

って感じで、お布団にバタンキューして、全身フワ〜ッと

リラックスするイメージなのですが、一方で、

やり残しがあるまま勝手に寝ようもんなら、

カミナリ親父にたたき起こされて、「一から性根を叩き直す!」

とか、言われるイメージもあります。

つまり、神様からの「もういいよ〜」がないのに死んだら、

ま〜た赤ちゃんからやり直しの、ゲンナリするよな復習人生が

待っているというイメージ。(-_-メ)


昔から、復習や検算が大っ嫌いな私・・・。

だって、退屈なんだもん。

そうした事態を避けるためにも、神様から「もういいよ〜」って

優しく言ってもらえるその日まで、酸いも甘いもひっくるめて、

この人間経験を余すところなく味わうこと、

自分がやるべきだと思ったことは四の五の言わずにただやること、

そうしたことが、無駄のない、効率的な「生」なのかなって、

このところ思っています。
posted by noa koa at 21:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月22日

クローズアップ。

梅雨もコロナも、明けません・・・。(-“-)

ずーっと友達に会わない生活の中、先月は久しぶりに、

お友達のクラッシックピアニストまりちゃんと、キルトの

アーティストであるそのママのご訪問を受け、家族共々、

楽しい時間を過ごすことができました。

(まりちゃんのブログ記事はコチラ

ウチも先方も、かなりハイレベルな自粛家庭同士なので、

まぁ大丈夫だろうと。

ぶっ通しで8時間以上しゃべり続け、溜まりに溜まった

おしゃべり欲が満たされました。(*^-^*)

自粛生活で緩み切ったウチの母の脳みそも、家族以外の方々との

久々のコミュニケーションに、少しピリッと引き締まったのでは

なかろうか・・・。( 一一)


経験したことのない制限生活に、皆様それぞれ、様々なことを

思われたり、気づかれたりしているのではないかと思います。

このコロナ禍でクローズアップされたものの1つに、

家族をはじめとする共同体への思いがあると思われます。

非常時や緊急時においては、共に暮らす人々と、

緊密に助け合わなければならない。

そこに私欲が入り込む余地はなく、一番の弱者を基準に、

判断をしなければならない。

平時においては様々な楽しみに埋もれがちな、そういった

惻隠の情というか、人間が本来生まれ持つ生粋の思いやり

みたいなものが、非常時においては大いにクローズアップされて

くるなぁと感じています。


もしかして、「他者への思いやり」という感情は、様々な娯楽に

匹敵する快感を、人間に与えるものなのかもしれません。

子供やお年寄りなどのヘルプを必要とする方々は、

そうした人間本来の内側から来る感情的快感を、

我々に喚起してくれる存在なのかもしれませんね。


今現在、外側から来る快感には制限がかかっているけれど、

内側から来る快感には、制限はかかっていない。

今は、内側から来る快感に改めて注目をし、

それを大いに楽しむべき時なのだと思います。


また、これは以前から思っていたことだけれど、

近年は経済重視に偏り過ぎて、家庭や家族といったものの重要性が、

軽視されていたと思います。

家庭や家族とは、社会を構成する最小単位であるからして、

家庭がダメになってくると、いつか社会全体もダメになると

危惧していたのですが、このコロナ禍で、図らずも家庭や家族と

いうものが、個人の意識の中で大きくクローズアップされて

きたのではないでしょうか。

保護者であるご両親がいつもそばにいるという毎日を、

生まれて初めて経験して、この上ない安心感と幸福感を実感した

お子さんも、多数おられるのではないかと思います。


誰かに光が当たれば必ず陰ができるわけで、これまではそれぞれの

家庭内で「妻」や「お母さん」、「お嫁さん」などが、

その陰の役割を担ってくれていました。

今の世は、光ばかりを増やそうとして陰を見ようとしないというか、

子供やお年寄りなどの弱い立場の方々が、経済という大きな光の

作る陰に一口で飲み込まれてしまっているような、

そんな気がしてなりませんでした。

このコロナ禍では、そうした子供やお年寄りの存在が、

皆の意識の中でクローズアップされてきたという部分も

あったかと思います。


「人として、何が大切か?」

「経世済民の本懐とは?」

「皆が幸せである社会システムとは?」

などなど、このコロナ禍をきっかけに、これまでの来し方を

振り返り、立ち止まって、じっくり深〜く考えてみるのも、

いいのかもしれませんね。

てか、そうしなさいよ、っていう、天の采配なのかも。


過去に女性の立場が尊重されなかった時代があり、

それを是正しようとして女性の社会進出が推進されたわけで、

いつだって人類は、トライ&エラーを繰り返しながら、

よりよい社会を目指して頑張ってきたし、今もそうであると

思います。

今回の試練も、きっと、もっともっとよくなれるよ!ってこと

なんだろうと思います。

個人レベルでも、世界レベルでも、あらゆる経験をプラスにして

いきたいものです。

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      今年の梅は、まぁまぁ獲れました。

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        そろそろ飲み頃かも。
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2020年06月07日

あざなえる縄。

コロナに気を取られているうちに、今年ももう6月入り。

そろそろ梅雨の季節です。

庭のあじさいも、色づいてきました。

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梅の実の収穫は、もうちょっと先かな〜。

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緊急事態宣言は解除されましたが、もう安全ですよ〜というわけでは

なく、コロナに罹っても病床は確保できていますよ〜ということ。

まだまだ我が家は、非常事態宣言発令中です。

それにしても、ぼちぼち分かってきたウィルス情報を知るにつれ、

(コレ、完全終息はムリなのでは…)と思ってしまう。( ゚Д゚)

近代において、一定の交通事故を容認した上で車社会が定着して

いったように、今後は一定の発症を容認した上でのコロナ社会に

なっていくのでは…という気が、しなくもない。

じきに、コロナ保険とやらが発売されたりして。( 一一)


今年のコロナ禍があまりに大きな世界的事象だったので、

そうしたものをざっくり読み取れるという、ホロスコープの

トランジットについて論じているサイトをいくつか覗いて

みましたら、めっちゃ当たっててビックリしました。


お星さまの言うことにゃ、今年は山羊座に土星と木星と冥王星が

同室しているので、社会基盤に突然の宿命的な強制終了が起こり、

社会規範や規律といったものに重い責任がのしかかり、

無駄なものは削減されていき、厳格なまでの不寛容がはびこり、

規律や規範を順守するところに、社会的幸運や恩恵がもたらされる、

とな。

もう、当たってて震える。


さらに、今年末には、世界はさらに大きな転換点を迎え、

地位や権威、財産などの物質的価値観を重んじる時代から、

知性や理性、公益性などが、価値あるものとして発展していく

時代へと移っていくのだそうです。

今回のコロナ禍は、そうした人類の意識の大変革への、

きっかけの1つなのかもしれないなぁと思いました。


禍福はあざなえる縄のごとし、ってことわざ、自分では

どうしようもない痛い目に遭った時に思い出すと、救われますよね。

時代のうねりというのは、でっかい、あざなえる縄のようなもの

なのかもしれません…。

posted by noa koa at 23:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月07日

歴史のただ中。

巣ごもり生活が続いています・・・。

引きこもれる巣があるということが、まずは有難い。

3.11の時に、あったかいお風呂に入れる、あったかいお布団で

眠れるということを、つくづく有難いと感じましたが、

そうしたこともいつの間にか、時が経つにつれて再び

当たり前になっていたような気がします。


先日TVで見た「平家物語」の解説で、「有難い」→「当たり前」

→「もっともっと」となっていく人間の心の有様を、

「おごり」と説いていました。

人の心の「もっともっと」を原動力にしていた自由主義的な

経済活動が、世界的なパンデミックによって強制的にストップ

させられている今、考えさせられるものがありました。

自由主義経済にもいいところはあったと思いますが、

大いなる歴史の流れの中で、人々の心や意識、それに伴う

経済システムも、新たなフェーズに入っていくのかも

しれませんね。


巣ごもり生活になるであろうと予測された頃、お出かけ好きな母が

退屈しないようにと、母の好きなミュージカルのブルーレイDiskを、

何枚か買いました。

その中に、「ビリー・エリオット」というミュージカル舞台を

映像に収めたものがあります。

産業革命時代に、廃れ行く炭鉱労働者の家庭に生まれた男の子が

ダンスに目覚め、旧時代に躍起になってしがみつく周囲の人々の

心を革新していくという物語です。

産業革命という抗いがたい時代の流れの中で、それまでの生き方を

捨てざるを得なかった当時の人々の思いが、今現在の私たちの様相と

重なるような気がしました。


産業革命とか、フランス革命とか、日本だと明治維新とか、

戦中戦後とか、歴史の流れの中では何度もこういった

パラダイムシフトというものがあるんだなぁと、改めて思いました。

渦中にいる人間は大変だし、この世の終わりのように思えるけれど、

歴史を俯瞰して見ると、どれも人類の飛躍的発展のきっかけで

あったわけです。

なので、今回のパンデミックも、そうなのであろうと思いました。


抗いがたい歴史の流れの、その真っただ中にいるんですよね〜、

私たち。

フランス革命とか明治維新とか、真っただ中にいる人たちは

命からがらですけれど、後世の私たちの目から見ると、

めちゃくちゃ革新的で、魅力的な時代ですよね。

自分、そこにいるんだ、と思うと、ゾワゾワしますね。


歴史を上から見るのと、地上で体験するのとでは、全然違う。

まさに今、歴史を体験しているんだーと思って、

おとなしく巣ごもりしています。(^^)


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   端午の節句。今年は「パンデミに勝つ!」の意味合いで。

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    庭のよもぎで、特大よもぎ餅作りました。

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    その庭では、今年初めて咲いたみかんの花が、
    甘い香りを放っています。
posted by noa koa at 11:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月06日

問われてる。

2020年は、教科書に載るレベル、テストに出るレベルの年に

なってしまいました。(:_;)

9.11や3.11もおったまげたけれど、2020も、おったまげ。

何かが、決定的に変わってしまう気がしますね。


若かりし頃の私を、真っ暗な心のトンネルから救い出してくれた、

「それでも人生にイエスと言う」の著者、V.E.フランクル博士の

エピソードに、印象深いものがあります。

それは、「アウシュビッツで強制労働させられていた時、

絶望の中でバタバタと亡くなる人たちが続出する中で、

フランクル先生はその内心において、

『大学の教壇で講義している自分自身』を、常に思い描いていた。

そのせいかどうかは分からないけれど、解放されたその後の

人生において、その時思い描いていたのとそっくりな場面を、

実際に経験することになった。」

という、エピソードです。


これは、(フランクル先生がそういう運命だから、

そういう明確なビジョンが持てたんじゃない?)って気も

しますが、フランクル先生に、そうした未来を生きんとする、

強い意志があったとも言えます。

東京五輪が来夏に決まった時に、ふと、このエピソードを

思い出しました。

そして、「全世界民が、来夏の東京五輪の無事の開催を、

全世界挙げて満面の笑顔で祝っている、っていうビジョンを

心に思い描きながら、目の前のこの恐ろしい困難を乗り切れば、

もしかしたら実際に、そうした未来を経験できる可能性が

高まるんじゃないか?」という思いが、心をよぎりました。

この先、不安と恐怖がダラダラと長く続くことが予想される中で、

誰もがイメージしやすい東京五輪、もしかしたら、希望の光に

なり得るんじゃないか、と。


最前線で、命を懸けてウィルスと闘ってくれている方々がおられる

一方で、極力引きこもることしかできないことを本当に申し訳なく

感じますが、この事態において引きこもる役割を与えられた我々は、

最前線の方々が全員無事で難局を乗り越えられ、事態が好転して、

来年、全世界の皆で東京五輪を心置きなく祝っているシーンを、

心の中でエンドレスリピートすることでもって、もしかしたら、

そうした未来への一助となることができるかもしれません。

そういう意味で、五輪中止ではなく、延期という決定は、

とても良かったな〜と思います。


私が心の暗闇から脱け出すきっかけとなった、フランクル先生の

主たる考えは、

「人生とは、生きる意味があるかどうか、問うものではない。

人間こそが、人生からその意味を問われているのだ」

というものです。

この世界的パンデミックも、こうした事態に対して、

そしてこれからの世界や社会の構築や運営に対して、

人類がどういった選択をするのか、天に問われているもの

なのかもしれません。

   
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   洋裁の得意な母が作ってくれた、手作りマスク。
   お家でも、部屋着にコーディネートして、つけてま〜す。(^^)

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   自然はいつだって、人の世などにはお構いなし。
   泰然自若として美しい、富士山。

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     と、近所の土手の、満開の桜。
posted by noa koa at 14:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

人類の仇。

2020年、今のところ、まずまず平和な滑り出し・・・とか、

前回記事で書いちゃってますが、一か月も経たないうちに、

2020年、エライことになってますね・・・。(-_-メ)

庭では今年も梅が咲き・・・

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バレンタインデーのチョコを食べ・・・

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桃の節句を待つという・・・

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一見、例年通りの2月なのですが。

家族に高齢者基礎疾患持ちいるので、ほんとコワイ!

今年3回引いたおみくじの内容が、どれも「初めは心配事多いが、

後吉」だったので、この新型コロナ騒ぎも、もしかしてじきに

収束してくれるかな?と、淡い期待を抱いていますが…。

頼むよ〜、神様〜。


感染と言えば、以前、生まれて初めて気管支炎になって、

咳で眠れない夜が続いた時、ふと、結核で亡くなったという

大伯母のことが思われたことがありました。

自分は気管支炎で、この咳もじきに治るからいいけれど、

当時治る見込みがなく、「この咳の先には死が待っている」

という中で闘病し続けた大伯母の切なさは、

いかほどだったろうかと…。

大伯母は若くして亡くなったので、私は会ったことはなかった

のですが、祖母曰く、「綺麗で優しくて賢くてお洒落で、

ダンスがうまくて、芸術的才能に秀でた、何でもできる

大好きな姉やった」とのこと。

大好きな人が、治療法のない病気で苦しんでいるのを

見守るだけしかできないなんて、当時の祖母の心も、

同じくらい苦しかったと思います。

祖母は危険を顧みずに大伯母の看病をし続けて、自分も結核菌を

もらってしまい、その後の人生で病気と後遺症に見舞われることに

なるのですが、幸い祖母が発病した時には抗生物質による治療が

始まっており、長期入院を余儀なくはされたものの、

命を落とすことはありませんでした。

が、一人っ子で幼かった当時の母の心の痛みを思うと、

胸がつぶれる思いがします。


その祖母も、何だかんだ高齢になるまで幸せに生きましたが、

ある年、風邪が原因で亡くなりました。

ですので私にとって、病原菌というのは、

親族の仇みたいなもんです。


法然は、親の仇を討つのではなく、その因果を止めるために

仏門に入ったそうですが、じゃー人類と病原体との闘いにおける

因果関係って、一体何なんだろう?

病原菌を抗生物質で殺しても殺しても、やがて薬剤耐性菌が

出来上がるっていうのを、聞いたことがあります。

ウィルスも、ワクチン作ってる間に、どんどん変異していくとか。

まさにエンドレス。

抗生物質もワクチンも、有難いし必要だと思いますけれど、

それだけでは終わらなそう。

法然のように超越してスルー・・・ってのも、病気の場合は

できない相談だし、難しいですね。


病原菌は、抵抗力のない弱った客体に対して、デカい面して

横暴を働く不埒者。

ウィルスは、抵抗力のない弱った客体の懐に入り込んで、

平気で母屋を乗っ取りにかかる卑怯者。

両者とも、物質であるということは意識があるということであり、

もしかして、そうした意識の純粋なる体現者なのか?

てことは、そうした意識を人類の集合意識から消し去れば、

もしかして、感染病はなくなったりするのかも?

・・・なーんて、妄想でした。


まずは、抵抗力のある強い客体であり続けられるよう、

過労やストレスを避け、しっかり食べてしっかり寝て、

いっぱい笑って、手洗い、うがい、消毒をして、

仇に隙を見せないようにしましょう!
posted by noa koa at 17:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月26日

世代精神あるある。

2020年、今のところ、まずまず平和な滑り出しです。(^^)

昨日は、母のお友達であり、私のお友達のピアニスト

まりちゃんのお母様でもある、寺田恭子さんが主催する

パッチワーク展へ行ってきました。

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これまでも何度か行かせてもらっていますが、

今回はこれまでにも増して、(スゴいなぁ〜)と

思ってしまいいました。

会場に色とりどりに居並ぶ作品群も圧巻でしたが、

何に感嘆しちゃうって、こうした展示会を主催運営する、

その溌剌たる意欲と気力。

ウチの母も同年代ですが、この母世代の、生き生きとした、

躍動するような生命力には、ホント脱帽です。


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   こちらは先日の、ウチの母の今年初舞台。


ついこないだ、中高の親友たちとの新年会がありましたが、

そこでの私たちの会話と言えば、

「東京オリンピックまで生きたらもういいやと思ってたけど、

 結構元気なまま、オリンピックイヤー、来ちゃった〜」

「健康診断の数値ヒドいし、70までは生きないと思うんだよね〜」

などなど、なかなかのやる気ないっぷり。(^^;)

そう言ってケラケラ笑いながら、フルコースをぺろりと平らげ、

泡も赤も白も際限なくガンガン飲む親友たち、

多分、長生きするんだろうなとは思いますが。( 一一)

4皿目で限界を迎え、メイン2皿ほぼ残すという虚弱な私が、

一番先に逝きそうですわ。”(-“”-)”

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 余りのおいしさにリピートした、西荻窪の「オルガン」にて。



希望に満ち、意欲的に社会活動する母世代と、

希望とかは特にないけど、そこそこ満たされていて、

「今」が楽しい私たち世代。

世代精神ってあるなぁ〜と感じつつ、どちらの世代も

皆一様に笑顔であること、今年もはなから、そうした笑顔が

見られることを、心から嬉しく思います。

何事も当たり前ではないのだし、人生で永続するものなんて

何もない。

と、思うと、今、自分が目にしている屈託のない笑顔の

1つ1つを、本当に大切にしたいな〜と思います。

未来への希望とかは、特にないけど。(笑)


希望は特にないのですが、なぜか神社に行くたびに、

おみくじは引いちゃいますね〜。

神様に、叱られたくて。(笑)

今年はこれまでに3回、引きました。(^^)


驚いたことに、違う日に、違う神社で、全く同じおみくじを

引きまして。(◎o◎)

先日は、ゲッターズ飯田のいう「一粒万倍日」に、家族全員で

八方除けの寒川さんに行きましたが、そこで引いたおみくじも、

全くと言っていいほど、同じ内容。

なんかコワ〜イ。(^^;)


「自分を頼らず、神様を頼れ」とのことですが、

(じゃーくれぐれもよろしくね!)って思った瞬間、

気づいたことがありました。

よろしくね!と言いながら、深〜いところでは、

決して手綱を手放そうとしない自分です。

「これか〜」って感じですね。(^^ゞ


「南無阿弥陀仏」で生きるのは、意外と難しい。

本当に、難しい。

今年も修行だなって、思いました。

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     寒川さんの、神武東征のねぶた飾り。
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2020年01月04日

2020年 あけましておめでとうございます。

月1ペースになってきた。(^^ゞ

あれよあれよという間に2020年に突入。

あっという間にこの日が来たと思ったら・・・

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もうこの日が来るという。

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今後もこのペースで人生過ぎていくのかと思うと、空恐ろしい。

1年の密度がうっすいな〜と思いますが、

これが幸せってヤツかとも思います。

何事もないということは、本当に有難いことですもんね。

今年も感謝から始めたいと思います。(^^)


さて去年は、何もかも未完のままに終わっていきました。

家族分のホロスコーププログレス解説を書き上げて、

クリスマスプレゼントに入れようと思っていたのですが、

間に合わ〜ず。

ならお正月に渡せたらと思っていましたが、

これまた間に合わ〜ず。”(-“”-)”

クリスマス明けには大掃除しよ、と思っていたのに、

親戚の訃報が入り、風邪気味なのもあって、やり切れ〜ず。

「諦める」ことで、スッと気がラクになるということを

学んだ年末でした。

達成感も気持ちがいいけれど、気ラクもいいもんだ。

年末に急に亡くなった親戚のおじも、こんな気持ちで

逝ったのかもしれないなと思いました。


年末に亡くなったおじと言えば、これまた不思議なことが

ありました。

12月半ばに、おじが救急車で病院に運ばれ入院してる、と

聞いた時は心配しましたが、その後の診断で、

ただの風邪だけれども念のため入院、ということで、

ほぼほぼ安心していました。

数日後、家の電話が鳴り、留守録案内音声の後、おじの声で

「もしも…」でプツッと切れた、という出来事がありました。

10歳くらい若返ったんじゃないかと思うくらい、張りのある、

元気そうな声での「もしも…」だったので、母に、

「おじちゃま退院したんじゃない?留守電だったから「もしも…」で

切っちゃったみたいだけど。電話してみて」と伝え、

母が電話してみたところ、おじは意識不明の重体であることが

発覚したのでした。

(えぇ!でもアレ、おじちゃまの声っぽかったよ?

留守録に入ってるはずだから、再生して聞いてみよ)と思い、

留守録再生のボタンを押したところ、

「再生件数はありません」の表示。

不思議現象でしたね。(@_@)


次の日、病院に飛んでいって、おじに「戻ってきて〜」と

声を掛けましたが、あの電話の声からすると、

どうもあっち側の居心地がすこぶる良さそう…とも思い、

複雑な心境でした。

その数日後におじは息を引き取りましたが、きっとウチに電話を

くれた段階で、もう逝っちゃうつもりだったんだろうな〜と、

思います。

思い残すことは何もなさそうな、清々しい「もしも…」だったので。


89歳ながら、自分の興した事業のトップとして長年頑張ってきた

おじが最期に感じたのは、達成感だったのか、それとも諦めの

気楽さだったのか・・・。

どちらにせよ、とにかく、嬉しそうな声でした。

聞いた私が、(退院したのがそんなに嬉しいんだー。自分まだまだ

イケるって、すこぶる自信つけちゃったな、コレは)と、

思ったくらい。


おじがこの世からいなくなったことは悲しかったけど、

祝福したい気持ちも、心の中に、こっそりあります。

今は「お疲れ様。いいトコ行けて、よかったね」って、

気持ちです。


それにしても!高齢者の風邪はあなどれない!と、

今回の体験でも骨身に沁みました。

大好きだった祖母も、風邪で持っていかれたし。(T_T)

ご高齢の皆様には、この寒い時期、くれぐれも御身お大事に

されて欲しいと願わずにいられません。


誰もがいつかあっち側に行くなら、こっち側にいる間も、

限られた貴重な時間。

何がどうあれ、みんな元気で、清々しく笑い合って過ごせる

ことこそ、大事かなと思います。

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   今年のウチの、なんちゃってお茶会のお菓子。
   若返りへの願いを込めて、「希望」と「若竹」を
   いただきました。(*^-^*)
posted by noa koa at 13:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月01日

丁寧に編む。

また1か月すっ飛ばしてしまいました。(^^;)

ホロスコープ研究が止まらず、せっかく暖かい11月だったのに、

大掃除も手付かず。(>_<)

欲望コントロールがうまく行きません・・・。”(-“”-)”

気づけばもう、こんな季節に。

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      今年のウチのツリー。

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 今年のランドマークのツリー。とっても素敵。


今年もほぼ、記憶ないレベルの速さで過ぎていきました。

思い返せば元号が令和になったり、台風災害があったり

しましたが、それでも急ピッチで時は過ぎゆく。

(いつか、この世界とおさらばする日が来るんだなぁ)と

思いながら世界を眺めると、心の奥から、

得も言われぬ愛おしさが湧いてきます。

そして、普段日々の暮らしに夢中な時は、

そうした愛おしさに気づかずに、雑に生きているなぁ、

とも思います。

できる限り、毎瞬毎瞬気づいた状態で、

明日終わるか、何十年先に終わるか分からない日々を、

丁寧に過ごしていきたいと改めて思うところです。


ツリーの飾りつけをした次の日、ふと、母が毎日つけている

血圧記録を覗くと、前日のメモ欄に、

「ツリーを飾る。とても幸せな気持ちになる」

と書いてありました。

「自分が飾ったわけじゃないじゃん!」とツッコミを入れつつ、

読んだこちらも、とっても幸せな気持ちになってしまいました。
(*^-^*)

こういう、1つ1つのささやかな情感を大切に感じながら、

人生を丁寧に生きるって、ホントいいなって、

実感した瞬間でした。


私は、初めてヒプノセラピーで見た前世の自分が、

情感パッサパサのギリシャの主婦で、今世へのメッセージが、

「女性性を育むべし」でした。

(注:「女性性」とは、「成す」ことではなく「在る」こと。)

ホロスコープでも、今世、魂レベルの調整として必要なことが、

「日常の情感を実感すること」。

ヒプノとホロスコープの合致にはいつも驚かされますが、

現実の人生模様とも合致していることに気づくと、

「やっぱり人生って、見えないテーマがあるな。

 何かに、導かれとるな」って、思います。


日常の情感が激しく豊かで、合理性皆無の弟、

「楽しい!」という情感に激しくモチベートされるパリピ姉、

私から日常的な情感を引っぱり出す、激しく無私な母と、

コレ確実に、誰かが意図して配置してるだろ、と思う。( 一一)

逆に私の個性も、もしかしたら周囲の誰かの人生のテーマを、

知らずにサポートしているのかも?


おや、クリスマスソングではなく、中島みゆきの「糸」が、

頭の中で回り始めました。(笑)

まーとにかく、いつかこの世からおさらばする時には、

雑な織物ではなく、丁寧で美しい、肌触りの心地よい織物が

編み上がっているといいなと思います。(^^)

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     みなとみらいは、まだ秋。
posted by noa koa at 13:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする