2015年11月28日

人生夢芝居。

11月も終わりに近くなり、ちらほらと喪中のハガキが届き始めました。

もうそんな時期なんですね〜。

ウチも先週末は、今年の秋に亡くなった親戚の、49日の法事でした。

去年の父に引き続き、今年も親族に訃報ありの年でした。

「また一つの人生が、幕を下ろした」という実感。

「自分もいつか、こうして幕を下ろすのだ」という、実感。

そして、「人生とは」という問い――。


遠い昔に乗り越えたと思った命題が、再び頭をもたげ、瞑想へと誘います。

そしてふと、シェークスピアの言った、「人生は劇場、人間は役者」という

言葉が、脳裏をよぎります。

父は父というキャラクターを、おじさんは、おじさんというキャラクターを

主人公にした劇を、その人生を舞台に、演じ終えたのだなぁと。

で、私は今まだ、私というキャラクターを主人公にした劇を、何やかんやと、

演じている最中なのだなぁと。

どうせならもうちょっと、お色気のある粋なキャラクターを演じたかった

気もしますけれど。( 一一)(高岡早紀さんのファンなので)

まぁでも、面倒な人間関係に巻き込まれにくいこのキャラも、

お気に入りと言えば、お気に入りです。(^.^)


ところで、その名セリフを残したシェークスピアは、本当はフランシス・

ベーコンで、フリーメーソンリーで、薔薇十字団員で、意識レベルの

非常に高い、悟りに達した人物であったとか。

ホントかウソかは分かりませんけれど、シェークスピア劇のセリフに、

名状しがたいパワーや美しさがあるのは、そういうことだったのか〜と、

私自身は、納得してしまいました。


「この世は舞台であり、人は皆役者である」という彼の書いた名セリフ、

最初に目にした若い頃はピンときませんでしたが、ここへきて、何となく

じんわり、分かるような気がします。

色気も華もない地味な役であり、大したドラマもない人生だけれど、

最終幕が引かれるその時まで、自分のこのキャラクターを、有り難く、

全身全霊で味わい、演じきるしかないよね〜と、今は思っています。(^^)

劇の後半、このキャラ主役で、どんなストーリーが展開されるのか、

楽しみ…ってほどでもないですけれど(^^ゞ、まぁどうせ喜劇でしょうから、

思いっきり笑って、笑って、ズッコケて、いつかチャンチャンと、

幕が引けたらいいなぁと思います。(^○^)


ところで、親戚のおじさんと同じ霊園に、武者小路実篤のお墓もありました。

センチメンタリズムが苦手で、なかなか詩集というものに共感しにくかった

私が、これまでの読書人生の中で、唯一共感できた詩集が、

武者小路実篤の詩集でしたので、思わず墓前で手を合わせ、

「あなたの思想に、大いに共感いたします」と、

心の中で叫んでしまいました。 

亡くなった方は、「そこに私はにいません〜、眠ってなんかいません〜

とは分かっていますけれど、気持ち伝えられて、嬉しかったです。(*^_^*)


武者小路実篤は、詩集が一番好きだけれど、小説も好きです。📖

登場人物が、キャラは様々ながら全て善人、っていうところに、

彼の思想が表れているなぁと感じます。

もしよかったら、ご一読を。(^^)


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2015年11月21日

「まんまいちゃん、あん」

一昨日は、イベント好きの姉が解禁されたボージョレーを買ってきて、

急な飲み会になり。(^.^)

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   あっちゅ〜間に空いた2本。ビン可愛い   

飲み会中、気持ちよ〜く食べて飲んで、上機嫌になっていた母が、

急に「まんまいちゃん、あん」と言って、手を合わせ、ペコッと小さく、

お辞儀をしました。

何事かと思って聞いてみると、「小さい頃に教わって、よくこうしてたの」

と言うので、その場にあった姉のスマホで調べてみたら、和歌山の方言

(幼児用)で、「神様仏様、ありがとうございます」という意味なのだそう。👀

母方の祖父母は和歌山出身、母も幼少時は和歌山で育ったので、

納得です。

――が、これまで一緒にいた人生で、一度も発したことのなかった言葉が、

なぜかその晩、急に母の口から出て来たので、少々ビックリしました。


以前の記事で、晩年期の精神状態には、0〜7歳の幼少時記憶が

大きく影響するというシュタイナーの説をご紹介したと思いますが、

母のこの突然の言動に、その説をちらと思い出しました。

そういえば父も晩年期、急に楽しそうに、軍歌を歌い出したりしていた

なぁ〜。

人生の山谷を乗り越えてき、歳を重ねた人々が、晩年期ゆったりと

幸せそうであるというのは、こちらまで幸せな気持ちになるものです。(*^_^*)


シュタイナーの説にのっとれば、その、晩年期の幸せのためには、

幼少期の記憶がどんだけ大事か、ってことになります。

今小さなお子様がいらっしゃるご家庭では、今、その子の気持ちを

ないがしろにしないで、親身に寄り添ってあげるということが、

何事にも代えがたい、とてもとても重要な仕事になります。

今、一時的にイライラしてその子に感情的に当たってしまったり、

ネグレクトしてしまったりすることが、長い人生を背負って生きる、

一人の人間の晩年の幸せ感に影を落とすとすれば、思いもよらない、

何とも重大なミステイクになってしまいますよね。

人生の晩年期および終末期が、心穏やかで幸せなものであれば、

それまでの人生が、たとえ山あり谷ありの過酷なものであったとしても、

その自分独自の人生行路を、大きくゆったりとした気持ちで

受け止められるようになるのではないかと推測します。


マザー・テレサも、「死を待つ人の家」の活動について、

「治る見込みのない人を、貴重な薬品を使って手厚く治療するのは、

無駄であるという人もいます。 でも、誰にも存在を認められず、

見捨てられた人が、その人生の最期に『ありがとう』と手を合わせて、

笑顔で亡くなっていく…、そういった、幸せな気持ちで最期を迎える、

ということが、人間にとって、とても大事なことなのです」と、

言っていました。

どんな人生であっても、人生の最期に、自分の生きてきた人生を

全肯定して、そのまんま丸ごと受け入れて手放すことができたなら、

それはきっと、とてもとてもホッとリラックスでき、

とてもとても幸せな気分なのだろうな〜と思います。


私も若い頃は、やる気満々で成功哲学を読みまくっていた時期も

ありましたが、人生を半分以上過ぎると、具体的な目標達成を目指す

よりも、その時その時の人生がどのような状況であっても、

その自分や人生を、(ごまかしや虚勢などではなく)丸ごと肯定して

ありのまま受け入れられるというのが、幸せ感度アップのコツだよなぁ、

と、しみじみ思ったりします。

100%揺るぎなくその境地に達することができた時、果たしてどんな気分

なのか、今はまだちょっと、想像できませんけれど。


でも、振り返ると、ヒプノセラピーやヒーリング、リコネクションは、

かつては相当、否定的批判的理想主義的完璧主義的だった私を、

確実にその方向に導いてくれたな〜と、思います。

実際、色々とラクになったな〜と、感じますし。

まぁまだまだ、(うわ、人生のこの部分、全然ありのまま受け入れられて

ないや)って、気づかされることも、多々ありますが。(^^ゞ


この人生において、嫌悪感や拒否感を感じるような物事や出来事に

出くわした場合にも、とらわれることなく、幼子のように素直に毎日、

「まんまいちゃん、あん」って言えるような人でありたいな〜って、

思います。(^^)


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2015年11月14日

博文んち、行ってきた。

先月末のことですが、金沢八景の幼なじみのお宅に伺いがてら、

野島の「伊藤博文金沢別邸」なる文化財を訪ねてきました。🏠

幼なじみの家には、幼少時に何十回も訪れていたにもかかわらず、

そして伊藤博文と言えば、わが母校(中高)の創始者であるという、

ゆかりある人物であるにもかかわらず、なぜかこちらの要所には、

一度も足を運んだ記憶がなく。👀

早めに着いてしまった時間つぶしに、何気なく訪れた場所で

偶然に出合った建物でしたが、思いがけず、素晴らしい癒しの時間を

過ごすことができました。

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     藁ぶき屋根の、平屋建て。見た目質素です。

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    中は広い。
    居間は見晴らしがよく、超居心地いい感じです。

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   居間から庭越しに、海と八景島シーパラダイスが見えます。
   (博文は、シーパラは見ていなかったでしょうが)

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   居心地抜群の居間で、美味しいお抹茶をいただきました。

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              回廊。

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     日向ぼっこ最高。
     波ガラスが廊下に映って、とてもキレイです。

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     日向ぼっこスポットからの、お庭の眺め。

どん底も、ピークも、人生における価値は一緒、って、前回記事にも

書いたと思いますが、伊藤博文の人生も、どん底極貧からスタートして、

松下村塾に通う青春、運よくイギリス留学、維新後は総理大臣にまで

上り詰め、近代日本のために尽力するも、異国の地にて暗殺されるという、

超アップダウンの激しい人生。

生きてる間はすざまじいけれど、きっと、人生終わった時には、

「面白かった〜(^.^)」って、思ったろうな〜って、思います。


部屋の片隅の文机に、訪問ノートが置いてあったので、

「博文へ 日本のために、色々と、本当にどうもありがとう。―-日本国民」

と、後々の日本国民を代表して、お礼を述べておきました。(笑)

歴史的に有名無名に関わらず、また過去現在に関わらず、自分が今

こうしてここにあるのは、あまねく様々な人々のお蔭なんだよな〜と、

実際、本当に、そう思うので、思わず書いてしまいました。(^^ゞ


幼なじみのお宅は、アルコール中毒でずっと困ったチャンだったおじさんが、

平日はデイケアに行ってくれるようになったからか、何となくすっきりと

キレイになっており、お家全体に漂う空気も、軽くなっていました。

何か、あ〜んしん。 良かったです。(^○^)


何事も、ずっとそのまま変わらない、ということはあり得ません。

この世のものである限りは、全ては時々刻々と、変化しているもの。

そして、過ぎてしまえば、人生の森羅万象なんて、夢のよう。

こだわる必要なんてないんだな〜と、最近よく、そう感じます。


そして、そう思えば思うほど、日常の一瞬一瞬を、丁寧に全部

しみじみと感じ取りながら、生きたくなる不思議。

幼かった頃、大好きな物語本を、一文一文丁寧に、大切に味わいながら

読み進めたいって思っていたのと、一緒かなっ。(*^_^*)


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2015年11月08日

秋の収穫感謝祭。

11月なのに、まだまだ暖かくて助かりますね〜。

毎年こうだといいのにな〜と願いつつ、平和で快適な秋を堪能しています。


先日は、自然農法を趣味にしている親戚のおじさんの畑に、弟が収穫を

手伝いに行き、秋の実りをごっそりもらって帰ってきました。

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             壬生菜ごっそり。

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         サツマイモ、里芋、八つ頭、ウコン。

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      わさび菜、隼人瓜、ルバーブ、柿、レモン、ゆず。


無農薬新鮮野菜&果物好きの私の狂喜は、言うまでもありません。
\(^o^)/

早速、わさび菜と隼人瓜とプチトマトとカリカリゴボウのサラダ、

サツマイモと隼人瓜とリンゴとプルーンの炒め蒸しを作りました。🍴

わさび菜は味が濃いし、隼人瓜は瑞々しくて、ほんのり甘い

すっごい、美味しかったです。(*^_^*)


太古の昔から、世界各地で、人類が「収穫祭」なるものを執り行ってきた

気持ちが、分かる気がするわ〜。

有り難すぎて、生産してくれた人、収穫してくれた人、実ってくれた作物、

作物を育んでくれた大地や大気天候、全てをもたらしてくれている神様

など、食に関わる人やもの全てに、感謝せずにはいられない感じ。

スーパーで食材を買っていると、なぜかそこまで、思いが至りませんでした

けれど。(^^ゞ

これからは、スーパーに並んでいる食材たちにも、栽培収穫流通販売して

くださっている人々含め、より感謝しながら、有り難く美味しくお食事を

いただこうと思います。(*^_^*)


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2015年11月02日

人間に自由意思はない?!

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       お天気の良い休日に、お庭でランチ。

今年の秋のあまりの気持ちよさに、ホケ〜ッと過ごしているうちに、

何と、もう11月。

先日はハロウィンでしたので、巷のフィーバーに後押しされるがままに、

ちょっとしたホムパをしました。

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   カボチャは食材に使い切ってしまったので、柿に落書き。

ハロウィンメニューのテーマは、「黒くておどろおどろしい料理」。

今回は和食でやってみました。

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     黒米の海苔巻(具は、黒ゴマツナマヨ、ナスとネギの含め煮)、
     アボカドとマグロとセロリのわさび醤油和え海苔生春巻き、
     豚ブロック肉のデーツ&プルーン煮込み、
     大学イモ&カボチャ、海苔とわかめと揚げのお味噌汁。

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  デザートは、フォンダンショコラならぬ、カボチャフォンダンあんこ。

パッと見、「ゲ〜、真っ黒」「食欲なくすわ〜」と顔をしかめていた家族も、

食べ始めると「どれも美味しい」と、喜んでくれました。


10/31のハロウィンと、5/1のメーデーの2日は、実は本当に悪霊が、

この世に出てきやすい(弱っている人にとり憑きやすい)日なのだと、

カバラ関係の本に書いてありました。📖

我々日本人には、ピンときませんが・・・。

まぁそれならば、ハロウィンの日に皆、朗らかに笑って楽しく過ごし、

幸せバリアで自分を包んでおくのは、いいことなのかもしれませんね。


そんなこんなで、今年のハロウィンも平和に過ぎていきました。

刻々と過ぎゆく、幸せな日常。

一日一日、一瞬一瞬を大事にしながら、丁寧に、マインドフルに生きたいと

切実に思う、今日この頃です。(^^)


さて話は変わりますが、先日、「人間の人生は、本人の意志や努力に

関わらず、その50%以上が、遺伝と環境によって決まる」という

研究結果が発表された、という記事を読みました。👀

こういった類の説は、心理学や神秘学ではよく聞く話で、ホ・オポノポノでも、

「潜在意識は顕在意識の100万倍以上の力を持つのだから、顕在意識は

実質無力」と言っているし、霊界通信で有名なカミンズの本の中でも、

「顕在意識は潜在意識の一部である。なぜなら顕在意識というのはつまり、

遺伝や生まれ育った環境に左右されるものであり、従って自動的に

発現するものであって、決して自由意志ではありえないからである」と、

言っていました。

つまり、人間というのは、顕在意識で意識できるか否かにかかわらず、

ただただ潜在意識のプログラムのままに言動しているだけの、

自動運転ロボットみたいなもんだというわけです。(@_@;)


ちょっと受け入れがたい話ですけれど、確かに、感情的な反感を横に置いて

おいて、よ〜くよ〜く考えてみれば、そう思えなくもない感じがします。

この、人間自動装置説には、かのアインシュタインも、物理学的理論的に

反論できなかったそうです。


最近の研究実験では、人間が何かを思いついたり、決意したりしたと自分が

認識する以前に、脳がすでに作動を開始しているそうです。

つまり、人間の顕在意識は、先に発生した脳の作動に、ただ反応しているに

過ぎない、と。

――万物の霊長としての「オレ様」感が、シュルシュルシュル〜と、

しぼんでいく感じがしますね・・・。(-_-;)


またさらに、インドの悟った賢者によると、「人間の人生における因果は、

受胎時にすでに決まっている」のだそうです。

つまり遺伝や生れ落ちた環境(潜在意識のプログラム)によって「因」が

作られ、その「因」によって「果」がもたらされるわけなので、

言ってみりゃ―、人生の因果の連鎖も、全て元を辿れば、その源は遺伝と

環境、つまり生前、生後に作られた、潜在意識のプログラムにあるとのこと。

じゃーその潜在意識のプログラムは誰が作っているのかと言うと、それは

「神の意思」とか「宇宙の計画」とのことで、人間は、その宇宙の計画通りに

踊らされているに過ぎないのだそう。


ヒプノセラピーは、その潜在意識のプログラムをよりよくチェンジさせようと

する試みなのですが、そういった試みをしてみようという興味や意欲を

持つか持たないかも、そもそも遺伝と環境で決まってしまっているとの

ことで、もー、そー言われちゃー、ミもフタもないというか・・・。(^_^.)

でも心のどこかで、(やっぱそうか・・・)って感じも、します。


人間に自由意思がないとか、ちょっとくやしいし、いまいちピンときません

けれど、最新の学術的研究結果と、世界各地の神秘的な教えがその昔から

言っていることが、ここへきて合致してきているのが、実に面白いな〜と、

思いました。(^.^)

秋の夜長に、ゆっくりじっくり考えてみるのに、なかなか良いテーマを

見つけました。(*^_^*)


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