2018年06月23日

やむにやまれぬ。

睡眠サイクルぐちゃぐちゃで、毎日カラダはツラいですが、

ココロは楽しいW杯!\(^o^)/

死ぬまでに、あと何回観られるのかな〜と思うと、

眠くても頑張って観よーと思っちゃいます。

もしかして、死ぬまでに日本の優勝とか、体験できたり

するのかな〜と思うと、ワクワクしたりして。

未来には、何が起こるか分かりませんもんね!

ワクワクしたもん勝ちです。(*^_^*)


ワクワクと言えば、すっごい若い頃、「バシャール」という、今では

超有名なチャネリング本を読んで、「ワクワクすることを、針で縫う

ように続けて行けば、人生はうまく行く」という考えに触れ、

目からウロコが落ちたことを思い出します。

(じゃーやってみよう)ということで、ワクワクすることはだいたい

やってきたような気がしますが、人生うまく行ったかと言えば、

そうでもない・・・。(^^ゞ

ワクワクすることやって、めっちゃ無駄遣いに終わるとか

ばっかりだったような・・・。

まぁそれでも、ほぼほぼ幸せではありました。

無駄だらけではありましたけど、心満たされる、思い出豊かな

人生にはなったのかなぁと思います。

チャネリングしてくる存在って、物質的価値観は度外視なのよね!


でもホロスコープを見ると、そもそも「私の」物質的価値観が

薄ぼんやりしているので、これが私の本来の人生なのかなぁ

とも思います。

物質的成功が暗示されているようなホロスコープの持ち主

だったら、ワクワクすることを続けて行った結果、確固たる

物質的達成があるのかも。

何がその人にとって「うまく行った人生」なのかは、それぞれの

価値観によりますもんね。

そう考えると、「一番大切なもの」「一番望んでいるもの」は、

手に入っているような気もします。(^^)


しかしながら、それらを手中に収める方向へと向かわせたのは、

「ワクワク」というより、「やむにやまれぬ衝動」だったように

思います。

まるで、自我とは離れたところで、身体が勝手に動いちゃう

ような・・・。

逆に、誰に何をどう言われようとも、頑として動かない時も

あるし。

アレ、自分の中のアレは、一体何なんでしょうね〜。

アレが「魂」ってヤツなんでしょうか。


そう言えば、吉田松陰も言ってましたね。

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」

って。

やむにやまれぬ衝動に従って、結果、松陰は幕府に殺されちゃう

わけなんですけれども、もしかしたら、松陰先生の心は、それでも

満たされていたのかもしれないな〜、と思います。


「ワクワク」も、「やむにやまれぬ衝動」も、物理的成功とは関わりが

ないけれども、どちらも「心を満たす」ことにつながるってことかな。

う〜ん、実に興味深い。

今後も大注目しながら探究したい感覚です。(^^)

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   日本×コロンビア戦の日。中高の親友たちとの会食とカブる。
   まさか、勝つとは思わなんだ!\(◎o◎)/!
   ホント、未来は何が起こるか分からない。


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   乾杯!(めっちゃ美味しかった、このワイン)
posted by noa koa at 14:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月14日

がんばれ大和魂。

いよいよ始まりますね、W杯!!

4年毎とは言いながら、夏季五輪も4年毎、冬季五輪も4年毎なので、

「人生、スポーツイベント目白押し〜!」って感じもしますが。(^_^.)

世界中で頑張っている人達がいてくれるお蔭で、頑張っていない

私のような人間の日常が高揚したものになることに、感謝の念を

禁じ得ません。

今世はこういう巡り合わせですが、頑張らなきゃならないような

巡り合わせの時は、きっと私も頑張るので、今世は楽しませて

いただく側を満喫したいと思います。(*^_^*)


さて巡り合わせと言えば、人生は全て巡り合わせの産物ですよね。

持って生まれた遺伝による資質や性質も、巡り合わせっちゃー、

巡り合わせだし、その資質や性質で対応することになる生後環境も、

自分ではどうにもできない巡り合わせ。

そうなると、自分に与えられたその巡り合わせこそが、

神様からのメッセージなのでは、と思ってしまいます。

その巡り合わせから、どんなメッセージを読み取るかは、

その人その人の、読解力次第でありますけれども。


トップアスリートは、人生における様々な試練を、「自己鍛錬」という

メッセージとして、読み取っているのだろうなぁと思います。

物事をどう受け取るかも、生まれつきの性質と、生まれ落ちた

生育環境によってほぼ決まってしまうわけですから、

これもある意味、巡り合わせです。

そう考えると、犯罪者なんかも、巡り合わせで出来上がるわけ

だから、罰することは必要だけれども、責めることはできない

のかなぁ、なんて思います。

聖書の「汝、裁くなかれ」って、そーゆーことなのかもしれません。


日本人の集合意識の基盤であると思われる古神道では、そもそも

「罪」という概念はなく、誰かが何かしらやらかした場合、それを

「未熟な魂が間違いを経験した」ということで、「科(とが)」と呼ぶ

のだそうです。

善良な市民も犯罪者も、健常者も障碍者も、ストレートもLGBTも、

あらゆる人間を全て「霊性向上の途上にある魂」として見て、

「がんばりや〜」って、言ってる感じ。


古神道って、優しいですよね。

自分が犯罪者になっても、犯罪被害者になっても、

慰められるな〜って、思いました。

犯罪までいかなくても、自分が何かしらやらかして、落ち込んだり

しているような時にも、癒されますよね、この、古神道の考え方。


もちろん、古神道においてもやらかしっぱなしはダメで、

「鎮魂」して、「反省」しなければいけないとされています。

「鎮魂」って「死者を悼むこと」かと思ったら、全く違って、静かに

鎮座して、四方八方に散らばった「気」を、自分の中心に

集め戻してやることなのだそうです。

「それなら私、いつもやってるわ〜。てか、それやらないと、

死にそうになるし〜」って、思いました。

死にそうになるからやらざるを得ないって感じで、昔から自然に

やっていたことが、古神道の行法だったことに驚き。(◎o◎)

やっぱり自分、日本人なんだな〜って、実感しました。(^^)


さてさて、今回のW杯、我らが日本代表は、どこまで行って

くれるかな?

熱き大和魂たちの活躍を期待して、全力応援です!!\(^o^)/
posted by noa koa at 10:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月06日

メタボに関する考察。

家族にメタボがいるので、このところ肥満問題について

深く考えるようになりました。

生まれ持った自然な体型というのが一番美しいと思うので、

健康であれば多少ぽっちゃりでも、無理に痩せる必要はないと

思いますが、健康を害する恐れのあるメタボになるようでは

困ります。

でもメタボの人に「ヤバいから痩せるように」と言ったところで、

どうやらムリな模様で。( 一一)

肥満問題を解消するには、ココロの問題に向き合わなくては

ならないと思うようになりました。


摂食行動とココロには、とっても緊密な相関関係があると思います。

自分の若い頃を思い返しても、心の苦しさMAXの時期に、

強烈な飢餓感から、異常な摂食行動をしていたように思います。

大人になるにつれて、自分の感情を客観的に眺めることが

できるようになり、より大きな観点から、冷徹に建設的な行動を

とれるようになった頃から、あの妙な、腹の底が焼けるような

飢餓感と、それに伴う自暴自棄的な摂食衝動に見舞われる

ことはなくなりました。


あの頃の自分の体験から分析するに、異常な摂食行動とは、

自分の心の中のどうにもできない不快な感情を埋め合わせる

ための、傷ついたココロを慰めるための、ある種の補償行為

なのではないかなぁと考えます。

てことは、摂食以外の他の行動で、ココロを慰め、癒し、満たす

ことができれば、過剰な摂食行動もなくなり、すんなり痩せて

いくのではないかと。


実際、ずーっと太ってたのに、恋人が出来た途端、

みるみるうちに10s以上痩せた友達とかいるし。

愛されることで、ココロが癒されちゃったんですね〜。(*^_^*)

てことで、心の中の「快」の感情が、「不快」の感情を

大きく上回るようになれば、人は本来の、健康的な身体に

なるのではないかと考えるわけです。


しかし本人が自覚できないほどに、潜在意識の奥深くに

押し込められた「不快な感情」は、それが問題行動を

引き起こしていたとしても、自覚がないだけに、それが

原因だとは、本人が露ほどにも思わないんですよね〜。

ソコが難しいトコロ。( 一一)


刹那的で上っ面な「快」でココロの表面を塗り固めるのではなく、

潜在意識の奥底からひっくるめて、自分の意識を内側から、

本物の「快」で満たしていくこと――。

ウチのメタボさんたちにも、ソコのトコロをどう自覚し

向き合ってもらうか、思案の毎日です。(^_^.)
posted by noa koa at 15:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする