2018年11月22日

サレンダー。

年末が、いよいよ目の前に迫ってきました。

ウソみた〜い。

今年は暖かいので全然そんな感じしませんが、

街はすでに、クリスマスモード。

どこもかしこも、ツリーだらけです。

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       マリンウォークのツリー。

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   ワールドポーターズには、こんな可愛いのも。

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   今年のクイーンズスクエアのシンギングツリー。

毎年のことながら、そして外国の宗教的行事ながら、

やっぱりクリスマスはワクワクしちゃいますね。

WASP的豊かさへの憧れが爆発!って感じ。

世界中がキラキラLOVE&PEACE&WEALTHYなのは、

サイコーですね☆(*^_^*)


我が家では、現在母が山下達郎の『クリスマスイブ』を練習中

(ウクレレ&歌)なので、あのメロディーを耳にするたび、

その昔、脳内がキラキラとバブリーだった頃が蘇ります。

希望一杯、夢一杯だったあの頃・・・。

人生は、思った通りにはいかないものです。(^^ゞ

ポワ〜ンと思い描いていた人生と、生まれ持ってきた

人生シナリオが、こうも違うとはね!( 一一)


「ポワ〜ン」は叶いませんね、叶うのは、「決意」です。

じゃー「ポワ〜ン」を決意すりゃいいじゃないか、と

思われるかもしれませんが、人生シナリオにない「ポワ〜ン」は、

なぜかどうしても、「決意」には至らないんですよね〜。

いやホントにこれはもう、自力の範疇とは思えない。

やはり人生は、目には見えない他力に支配されているなぁと

思うのです。

もう、諦めですよ、サレンダー。


そうなると、もう「ポワ〜ン」は脳内妄想として楽しむだけの

ものとなり、人は内側からの衝動によって「決意」しちゃう

ようなことを、ただただ無性にやっちゃうのみ。

それが人生なんだな〜と、このところ悟りつつあります。

南無阿弥陀仏です。(今「親鸞」、読んでいるので・・・(^^ゞ)


ところで、南無って「お任せする」って意味で、「南無阿弥陀仏」は、

つまり「神様仏様に全てお任せします」って、意味らしいですね。

お盆の度に唱和させられていたにもかかわらず、その意味について、

深く考えたことありませんでした。

つまり南無阿弥陀仏も、「諦めま〜す、サレンダー」ってこと

だったんですね。

もちろん、鼻ホジホジしながら「天からキラキラが降ってこない

かな〜」っていう他力ではなく、人生は全て神仏という他力に

よるものである、何事も神仏の深慮あってのことであるから、

善人は天狗になりなさんなよ、悪人もヤケになりなさんなよ、

ってことらしい。( 一一)


それって、ラメッシが言ってた理論と同じだな〜と思いました。

マーク・トゥエインも、晩年、同じような思想に辿り着いた

みたいです。(参照:「人間とは何か」)

「罪科」という概念のない神道にも、通ずるものがあるなぁと

思います。

私も、自分の中で長年「どーしてなのだ?!」と葛藤に苦しんで

いた部分が、「ホロスコープでそうなってる!\(◎o◎)/!」

ことを知った時に、さすがにもう、サレンダーな気持ちに

なりました。

南無、阿弥陀仏です。(-_-)


と、あら、クリスマスの話から、なぜか南無阿弥陀仏に

行き着いてしまいました。(^^ゞ

キリスト教も、仏教も、どちらも人々の安心立命を目指して

いるのは、一緒ですよね。(^_-)

善悪を判断せず、自分も他人も裁かず、ただありのままの現実を

神仏の恩恵として受け取る「サレンダー」は、なかなか常人には

難しいものがありますが、そうした謙虚な意識が、実は人間の

安心立命につながっているのかもしれませんね。


そう言えば、箱根の元宮のおみくじで、「善いも悪いも

神様任せにせよ」と言われていたのを思い出しました。

な〜んか、色んな方面から同じようなことを言われているような

気がするなぁ〜。

謙虚さのカケラもない我の強い私には、非常に難しい挑戦ですが、

ちょっとずつ、できるだけ、そうした意識に近づいていきたい

なぁと思っています。

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   マークイズ前のイルミネーション。

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       ランドマーク&月&イルミネーション。
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2018年11月14日

仰げば尊し、我が師の本。

えーもう11月も半ば!\(◎o◎)/!

去年、「12月に集中大掃除」がキツかったので、今年は11月から

ボチボチ始めよう・・・と思いつつ何もしない間に、もう半ばとは。

ヤバいヤバい、さすがに始めよう・・・明日から。(笑)


大掃除はまだ始めていませんが、部屋の中に溢れ返っている本の

断捨離をしてみました。

断捨離がてら整理していると、自分の知的好奇心のカテゴリーや、

その流れがよく見えてきます。

以前貪るように読み込んでいた本たちを久々に手にして、

(これらのお蔭で、今の私の思考体系があるのだなぁ)と

感慨深く思いました。


本こそ、まさしく私の師です。

精神の暗闇に光を投げかけてくれたのも本だったし、

心のモヤモヤを払ってくれるのも、いつも本。

心が湧き立つようなワクワク感や、目から鱗が落ちるような

感動的知識や思想を与えてくれるのも、いつも本でした。

この世にそうした素晴らしい本があって、そうした本を出版して

くれる人たちがいて、そうした本を書いてくれた人たちがいて、

ホント、心から感謝です。

きっと、そうした本なしでは、私はこんなラクには生きて

こられなかったろうな〜と思います。


とまぁ、そんな大恩ある本たちですが、さすがに年々増え過ぎ

なので、断腸の思いで断捨離断行。

ちょっとスッキリしましたが、(読み返した〜い)と思う本も

多数出てきてしまい、時間がいくらあっても足りない予感。

今読んでいる「親鸞」も実に面白く、来月はクリスマスで、

またどーんと読みたい本たちが手に入ってしまうし、

幸せ過ぎるな!(*^_^*)


こないだ新聞の投稿欄に、筋肉が無力化するご病気で瞼が落ちて

きてしまうので、読み書きするのに瞼を洗濯挟みで留めている、

というお婆さんの投稿を読みました。

今はごく当たり前のように大好きな読書三昧を楽しんでいますが、

それもいつまでもできることではないんだな、と思いました。

当たり前のように過ぎていく「今」に感謝しながら、

思い残すことなく生きていきたいものだなと思います。


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   今年の11月は気候がいいので、思い残すことのないように、
   ライフワークのようにランチをしている・・・。(^^ゞ

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   テラスの向こうに、クリスマスツリー初観測。
posted by noa koa at 12:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月04日

茶道の極意に学ぶ。

秋深まり、ご飯が美味しく食べられるようになってきました。(^^)

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   センター北に、大学時代によく行ってたラケル発見。
   懐かしさのあまり、ついランチ。

昨日は断髪がてら、表参道〜渋谷〜代官山と、お散歩してきました。

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     文化の日で、日の丸はためく表参道。

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   北青山に、ニールズヤードのレストラン発見。
   ニールズヤードは、フラワーエッセンス講座に
   通ったなぁ〜。
   精進料理みたいな、超ヘルシーべジランチでした。

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   ずっと気になっていたピエール・エルメのスイーツは、
   アートでした。 ドーム型のミルクチョコに、熱々の
   ビターチョコを一気に流しかけ、目の前でみるみる、
   この姿に。(しかし例の如く血糖値スパイクによる
   気分悪化のため、半量しか食べられず。(^_^.))

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     オープンしたばかりの、渋谷ストリーム。

季節がいいと、食欲もあるし、お散歩する気にもなるし、

ホント幸せですよね。幸せ三昧。(^^)


先日、姉から借りた「日日是好日」というエッセイ本を

読みました。

悲喜こもごもある人生の中で、地味〜に茶道のお稽古を

続けていた著者が、いつしか茶道の極意に気づき、

三昧に達するという内容でした。

「三昧」というのは、意識が対象と一体化する現象で、

自我が無くなってしまったかのような感覚になるものです。

ヨガの瞑想の極意としても、よく言及されている意識状態です。

小さい頃、蟻んこや風車をボーッと見ているうちに、

よくそんな感覚になっていたなぁと思い出します。

著者も、お茶の作法を続けていくうちに、いつしか自我を

滅却する瞬間がたびたび訪れるようになり、季節や自然と

一体化する生き方をするようになりました、というお話でした。


現代社会に合わせて生きていると、どうしても季節感とか、

自然のリズムとかを感じる機会は少なくなりがちですよね。

でも人間って、自分が自然の一部なんだな〜って実感した時、

目には見えない、大きな自然のエネルギーみたいなものに

フワ〜ッと溶け込んだ時に、とっても癒されるような気がします。

以前、統合失調症の方が、茶道をしている時間だけは

病気の症状が消えるといった記事を読んだことがあります。

大いなる流れと一体化したような、つかの間の忘我の時間が、

心に癒しをもたらしてくれるのかもしれませんね。


てことは、「自我」ってヤツが、その大きな「自然」と「自分」

とを、隔てているものなのだろうと考えられます。

まぁ自然界って、癒しだけでなく危険も満載ですから、防御の

ためにも「自我」というのは、非常に大事なものではあります。

つまるところ、状況に応じて、自在に自我を強めたり弱めたり

できるのが、最強ってことになるのかな。


ご本を読んでもう一点、(茶道の作法の極意と言うのは、

『習慣』というものが自分にどう作用しているのか、という

ことを悟ることなのだな)ということも、読み取れました。

「習慣」とは潜在意識に刻み込まれた無意識的な行為で、

思考パターン、感情パターン、行動パターンなども含みます。

そうした無自覚な行為がどのように作られるものなのかを、

茶道の作法を通して実感することによって、日常における

自分の「習慣」というものをも、小さなものから見直す

ことができるようになり、「自分」というものを意識的に

作り直していくことができるようになりますよ、っていう

のが、ワケの分からん作法を繰り返す茶道の極意なんだな〜と、

読み取りました。


確かに、日常の自分を振り返ってみても、まさに「自分」とは、

無意識的な習慣の集積の産物だなぁと思います。

「高岡早紀になりたい」と口では言いながら、早口だし、

ツッコむし、ゲラゲラ笑うし、オーバーリアクションだし。

全ては、習慣のせいなのだな!

今後は、茶道のようにコツコツと、地道に根気強く、自分の

無意識的習慣に気づいて見直し、「高岡早紀的習慣」を

心がけようと思った次第です。(^^)
posted by noa koa at 13:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする