2019年05月19日

「今」の美しさ。

5月は気持ちのいい季節ですが、気が緩む割には気温変動が激しく、

自律神経が乱れがちになるせいか、鼻炎がなかなか治りません。(T_T)

母もひどい風邪を引き、母の日は、本人がヘロヘロでした。(^_^.)

今週に入り、やっとちょっと治ってきたので、お祝いのランチに

行くことが出来ました。

   CA3K19750001.jpg
     これからも健康であってください〜。

   CA3K19740001.jpg
    ついでに5月生まれの私のお祝いも。(*^_^*)

   CA3K19830001.jpg
     山下公園はバラが満開で、圧巻でした。

   CA3K19900001.jpg
      氷川丸と、バラのアーチ。

当日、横浜はトライアスロン大会で、迫力あるレースを間近で

観ることができました。

   CA3K19790001.jpg
   スイム後のバイク。めっちゃ速い。めっちゃカッコいい。

   CA3K19940001.jpg
   バイク後のラン。何体ものギリシャ彫刻が走ってる感じ…。

大声で思いっきり応援して、母は「風邪が吹っ飛んだ」とのこと。

トップアスリートのパワーを感じました。

みなぎる生命力って、美しいなぁ〜。(*^_^*)


私は健康体ですが、いかんせん体力がありません。

す〜ぐ疲れる。(;一_一)

高齢になり、体力の衰えが目に見えるようになってきた母の姿に、

自分の未来を見る気がします。

父が年々衰えていくのを目にしていた時には、そうは感じなかったので、

やはり子は同性の親に自分の未来を重ねるものなのかなと思いました。

母が私の歳の頃には、私の何倍もの体力があったので、

私はもっと早くに衰えが来そう・・・。(;一_一)

人生って儚いわ〜。


でも儚いからこそ、「今」が美しいのかもしれません。

先を憂うのはやめて、「今」の美しさを日々味わい尽くすことを

心がけようと思います。

人生は「今」の連続であるからして、「今」が美しければ、

最後に振り返った人生が美しそうですもんね。(^_-)


そしてまた、「今」の美しさというのは、現実の状況や環境にはよらず、

心の状態によるもの。

いつでもどんな状況でも、瞬間瞬間の「美」を感じられるような精神を

保ちたいなと思います。

V.E.フランクル博士の「夜と霧」という本の中で、

アウシュビッツ強制収容所にいる時に、あまりに夕日が綺麗なので、

収容所の皆を呼び集めて、皆で夕日を眺めて感動した、という

エピソードがありました。

きっと、収容所の皆さんが眺めていたのは、ただの夕日では

なかったのではないかなと思います。

その日の夕日に、皆、神様を感じていたのではないでしょうか・・・。


そうした、「目には見えない美」。

感じられるか、感じられないかは、その人間の感度次第なんだろうなぁと

思います。

どんな状況でも、「美」を感受できるアンテナを錆びつかせず、

感度をクリアに保つことが大事かなと思います。

私的には、やはり無心になると、感度が上がる気がするなぁ〜。(^.^)
posted by noa koa at 16:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月08日

令和元年。

平和なる令和GWも、あっという間に過ぎました。

   CA3K19650001.jpg
      令和元年、まずは氏神様にご挨拶。

     CA3K19660001.jpg
     令和元年、五月人形も出しました。

   CA3K19640001.jpg
       令和元年、恒例春のパン祭。

しかしGW中の毎日のニュースの、ほっこりすること!

日本って、いい国ですね。(^.^)

ちょっと前から法然&親鸞に興味を持ち、GW中も1冊読んだのですが、

その時代の日本に比べて、今の日本の幸せなことったら。

今の時代だったら、法然&親鸞も、特に「凡夫の救済」を

突き詰めなかったのでは?と思ったり、もしかして、今の日本の皆の

ほぼほぼの幸せは、成仏した法然やら親鸞やらの過去の立派な人たちが、

浄土で救済活動をしてくれたお蔭なのかも?と思ったり。

とにもかくにも、有り難いことです。


「知りたい欲」がどーにも抑えられないタチの私は、一度興味を持つと、

お腹いっぱいになるまで関連本を読み漁ってしまうのですが、

そのいいんだか悪いんだかのタチのお蔭で、思想宗教哲学の分野で、

色んなトコで色んな人が色々言っている中で、その共通点を知ることが

出来たりします。

法然&親鸞の唱える南無阿弥陀仏の思想も、キリストのチャネリングの

「コース・イン・ミラクル」の思想と似ているなぁ、と思いました。

どちらも「人生すでに決まってるから」「自力とか、まやかし〜」

「与えられた生を、あるがままに生きるのがゴール」って、

言っている点で。

インド哲学とか、老荘思想とか、ホ・オポノポノとかも、だいたい

同じようなこと言ってますね〜。


でも、ただの運命論や決定論とは、違う深さがある感じ。

「すでに決まっている、与えられた生」を、クサクサせずに

無心で生きる(新たな因業を作らずに生きる)ことによって、

人によっては、何かを悟れそうな雰囲気。

成功失敗のみならず、悟れる悟れないも、努力にはよらず、

前世からの因業によるっていうんだから、ミもフタもないっちゃー、

ないんですが。(^^ゞ

でもそうした教えを、腹の底から信じられれば、成功しても驕らず、

失敗してもクサらず、人を羨まず、自己を卑下もせず、

常に不動の平常心でいられそうですよね。

人生に雨が降ろうがヤリが降ろうが、自分や大切な人が生きようが

死のうが、常に不動の平常心でいられたら、人生どんなにか

ラクだろうな〜。(^^)



ところで、総ずるところによると、何がマズいって、

「クサクサする」とか、「クヨクヨする」のが、マズいっぽい。

まー確かに、感情をこっちが支配するか、こっちが感情に支配されるかで、

引き寄せる現実が全然違ってきちゃいますもんね〜。

量子力学の学者兼著述家さんも、「目の前の現実は変えられないから、

華麗にスルーして、常にフラットな気持ちで、前向きに生きることで、

やがて人生ラインが変わるポイントが来る」って、言ってました。


あれ?じゃ、人生決まってないんじゃん。( 一一)

恐らく、テーマやプロットなどの大枠は決まっているけれど、

細かいストーリーやエピソードは、ある程度幅があるという

ことなのでしょう。

法然&親鸞の時代は、民衆に教育が行き渡っておらず、また、

感情をコントロールできぬほど皆にとって辛い世相だったため、

「全ては阿弥陀様の思し召し」と思うことによって、まずは皆に

ツラい感情を手放させる方便が、念仏だったのかな〜、とも思います。


先日の、大好きなシリーズNHKの人体Uのテーマは、「遺伝子」でした。

それによると、DNAの中で、実際に機能していないと思われていた

98%の遺伝子が、実は「個人」の形成に大いに寄与していることが

明らかになってきた、という内容でした。

遺伝子の中には染色体があり、染色体というのは微妙に振動していて、

固有の波動を出していると言います。

波動というのは、同調・共振の法則があります。

てことは、染色体がどんな波動を出しているか、どんな波動に

同調するかで、「個人」及びその「人生」が、決定されると言えそう。

そして、あらゆる「思考」や「感情」も、実は固有の周波数を持つ

波動である、という事実。

んー。これが、次のオンエアのテーマである「遺伝子のオン、オフ」に

関わってくるのかな。

今週末のオンエアも、めちゃくちゃ楽しみです。(*^_^*)
posted by noa koa at 12:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする