2017年06月22日

起こるに任せる。

最近興味を持ち始めた「禅」。

これって結局、仏陀の達した境地を追求するもので、その神髄は

日本古来の神道にも通ずる一元論なのですが、引き寄せなのか、

シンクロニシティなのか、そのつもりもなく手にした西洋の著者の

本でも、読み終わってみると「あれ?これって結局、一元論じゃん!」

となることに気づきました。📖

西洋の本は、「一元論を利用して、幸せな金持ちになろう!」っていう

タイプの本が多いのですが。(^_^.)

一方、東洋哲学の方は、「一元を体得した暁には、幸せにも金持ちにも

こだわらなくなる」っていう感じ。

同じテーマを取り扱っていても、あくまでもかけ離れていく西洋と東洋

の思考回路の違いって、面白いなぁと思いながら、読み比べています。


仏陀が達した一元の境地は、アタマで理解したところで、分かったという

ことにはならず、ある日ある時パッカーンと天岩戸が開いて、

「そうか、そうなのか!よ〜く分かった!」と、腹の底から体得して

初めて、「分かった」と言えるものなのだそうです。

でも様々な書籍を読んで、「へ〜。ほ〜。」と感動し、それなりに

納得しちゃうと、な〜んか、そんな気になってきちゃいます。(^^ゞ

「ほうほう、外界は全て、自分の身体も含めて観照の対象、と。

自分の自我、つまり思考や感情、欲望や意志も、観照の対象。

その全てと同化せずに観照し続けると、いつしか『自分がやっている』

という思い込みが破壊され、仏陀が見ていたような、一元の世界が

開けるのかぁ〜。」


――何か、美味しそうなお料理のレシピを発見した時みたいな、

ワクワク感が湧いてきませんか?(^.^)

もちろん、そうした仏陀の境地は、お料理ほどには、すぐには

味わえませんけど。(^^ゞ


一元の境地に達して、自我がどっかに行ってしまうと、物事は、

自然に起こってくるのだそうです。

厳密に言えば、物事は巨大なプログラムに従って自然に起こっている

のだ、ということを、意識の上でハッキリクッキリ、明確に認識できる

ようになる、ということなのだと思いますが。


己が人生を振り返ってみても、やりたくないことはやれやれ言われても

どーしてもできないし、やることと言ったら、常に衝動に衝き動かされて

いるだけのような気もするし、その時その時に、自分の内界外界双方に

湧き起こってきたウェーブに乗ってきただけのような気もします。

ラク大好き、楽しいこと大好き、キツいこと大キライという俗な私で

あるにもかかわらず、なぜか世俗の奥の奥、究極の真理を知りたい

という抑えがたい欲求が湧いてきちゃうのも、何かしらのプログラム

なのでしょうか・・・。

もっと実用的なプログラムだったら良かったのにな!( 一一)


禅の思想を知ると、それまでいまいちピンと来ていなかった、過去の

占いやリーディングでのアドバイスが、急に腑に落ちてきました。

「色々うまくできたとしても、あんたの手柄じゃない。自分のお蔭だと

思わないこと」とか。

「周囲の反応や結果を期待しないで、ただただ淡々とやること」とか。

「全てのものに依存しないで生きていく」とか。

「独り」「普通」「導き」がキーワード、とか。

驚くことに、禅の本に書いてあったことと、やたらと符合している…。👀

あの方々は、私が将来、禅思想にカブれるということが、

分かっていたのでしょうか…。(◎o◎)


ちなみに、禅では、悟りを得た暁にはどうなるか、ということについて、

サックリ「ごく普通」と言っています。

悟りに達した親鸞が、長らく仏教界で禁じられていた妻帯を軽々と

やってのけ、子供をバンバン作ったのは、そういうことかぁ〜って、

感じですよね。(^^)

ハード&ソフト両面含めた、自分に割り当てられた肉体の自然な機能と、

割り当てられた人生の景色を、淡々と受け入れて生きていくだけになる、

っていう感じなのかな〜?


その境地に落ち着くことができれば、何がどうあれ、「それもこれも、

全て巨大なプログラムのせいですので・・・悪しからず」ってことで

済んじゃうので、実際、気分的にラクそうですよね!(^.^)

――てことで、とりあえず物事を起こるに任せ、人生を観照してみよう、

と、思う、2017年初夏。(^^)

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   起こるに任せて、横浜でランチ。
   お肌のハリのためには、苦手なお肉を食べた方がいいのでしょうが、
   食欲の起こるに任せて、お野菜メガ盛りサラダランチ。

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   起こるに任せて、初夏のみなとみらいへ。

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   横浜美術館前の噴水では、子供たちがはしゃぎまくっていました。

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   横浜美術館「ファッションとアートの東西交流」。
   結婚前、ブティックデザイナーだった母と見てきました。
   私もお洋服、自分で作れる人になりたいなぁ〜。
posted by noa koa at 11:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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