2019年02月19日

これ以上なく納得。

昨日は暖かかった!

「もうすぐそこ」の春を実感しましたね〜、幸せだった!(^○^)

陽光に誘われるがままにお散歩し過ぎて、

股関節が痛くなりましたが。(^^ゞ


さて、前回の記事で「納得がいくと、気が楽になる」という話を

していましたが、私の身にも、納得のいく出来事がありました。

発端は、姉から送られてきたとある記事。

父方の姓である「鈴木姓」の発祥とされる神社が、存続の危機に

さらされているという記事でした。


「鈴木姓」のルーツが神社であるとか、物部氏であるとかは

聞いたことがありましたが、和歌山の熊野信仰の発祥だったとは、

知らなかった!

和歌山は、母方の祖父母の故郷であり、母方の祖先に愛着のある

私にとっては、そもそもゆかりの深い土地。

実は母方だけでなく、両親共に、そのルーツが和歌山にあったことに

まず驚き、その信仰が熊野信仰だったことも意外でした。


そこからさらに調べてみると、熊野信仰とは熊野本宮、速玉、那智の

ある熊野三山を信仰するもので、発祥は古代の神武東征あたりに

遡るのだそう。

その頃畿内にあった国で権勢を誇っていた豪族が物部氏で、

その物部氏が神武東征後、熊野信仰を広めたのだそうです。

神話時代の話なので真偽いきさつは定かではありませんが、

ロマン広がり、興味をかき立てられます。(*^_^*)


そこで、思い出した事がありました。

速玉神社が海辺に移る前の元宮だったという、神倉神社に行った時、

明らかにただならぬ神気を感じたこと。

山上のお社を参拝後、境内でお掃除していたおじさんに呼び止められ、

「実は別の場所に隠された聖域がある。あなた方なら分かるから、

もう一度行って、そこを参拝してきなさい」と言われたこと。

山を下りる途中で、もう一人のおじさんに呼び止められ、

木の精とのつながり方を教えてもらい、

山上の神様の憑代「ゴトビキ岩」の写真をもらったこと。

体感した神気と、それらのエピソードによって、神倉神社は私の中で、

特別な神社として位置付けられることとなったのでした。


さらに調べると、物部氏の始祖は、大和王朝以前に畿内を治めていた、

ニギハヤヒという天孫なのだそう。

そこで驚きと共に、また思い出しました。

横浜の伊勢山皇大神宮境内にある大神神社の分霊の岩にビリビリ感応し、

導かれるままに大神神社裏の三輪山に登ったら、中腹にあったある

1本の杉の木に呼ばれたのだということが直観的に分かり、

その杉に触れた瞬間、「私はあなたの親のようなものですよ」と

言われたことを。


「杉が親って、どういうこと?!」と、当時は意味が分からず

モヤモヤしていましたが、その後、動植物も人間もいっしょくたの

「類魂」という概念を知って、(多分、杉という植物は私の類魂なの

だろう)と一応納得したのですが、それにしても植物なのに、

人間の私に対して上からだったことに、多少のモヤモヤが残りました。

さらにその後、三輪山の杉は神様の憑代であると知り、

大神神社の御祭神を調べたところ、「大物主」という正体不明の神

であることが分かり、さらに調べてみると、「大物主」とは、

どうやら「ニギハヤヒ」という歴史上消された人(神)であるらしい

ことが分かりました。


(神様だったのか〜。なら、上からでもしょーがないな。きっと、

私の魂波動と似たタイプの神様なんだろうな)とやっと納得し、

胸のモヤモヤも消えたのでした。

ニギハヤヒは、崇神天皇時代に祟りを起こして、その怒りを鎮めるために

大神神社に祀られたそうで、怒るとコワい(普段はとっても優しい)私と、

似てるっちゃー、似てるので。(^^ゞ


まー、そんな感じで自分の中で一件落着、その後は興味が遠のいて

いたのですが、今回の件で、またもやニギハヤヒの名が出てきた

ことにビックリ。

それが、父方の姓の始祖だったってことは、

「リアル親だったんじゃん!」と。\(◎o◎)/!

いやはや、これ以上なく、納得したのでした。


ところで、鈴木姓は、全国で2番目に多い姓。

つまりニギハヤヒを親に持つ子孫は、全国にた〜っくさん、

いるってことですね。

ニギハヤヒは歴史から消され、物部氏は朝廷を追われて全国に

四散したのに、この繁殖ぶりはスゴイ。

キリスト没後の、使徒の活躍とキリスト教の広がりっぷりみたい。

ニギハヤヒさんって、すっごい人(神)な気がしてきた・・・。
posted by noa koa at 14:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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