2019年06月01日

不安がいっぱい、幸せもいっぱい。

もう6月!今年も速い!

与えられている時間を果たして有効に使えているのかどうか、

不安になるほどの速さです。(^^ゞ

同級生の中には、与えられていた時間を終える人達もちらほらと

出てきて、自分に与えられている時間も、残りがどれだけあるのかは、

皆目分からないのだなぁと思います。


先日の中高時代の親友たちとの会合でも、皆口々に

先行きの不安を口にしていましたが、皆はどうやら長生き前提の、

先行き不安のようでした。(笑)

皆の話を聞いていて、(皆がその人生で何を最も大事に思い、

何に執着しているのかを知ることが出来るなぁ〜)と、思いました。

私もつい最近、自分の中にそういった強烈な不安を感じ、

自分の中の断ち難い執着を実感したことがあったので、

皆の話も、そういう側面から聞いたのでした。


不安というものは、まだ失っていないのに、失いたくないと

強く思うもの、まだ降りかかってきていないのに、

降りかかってきたら嫌だと思うもののことを考えることで、

心の中に呼び起こされる感情のようですね。

でも考えてみれば、それって、失いたくないと強く切望するものを、

今現在は、持っているということなんですよね。

まだ、失っていない。

将来失うかもしれないけれど、今現在はそれを享受しているのだ、と

いうことに心の焦点を当てると、何とも言えない温かな感謝の気持ちと、

幸福感とが湧き上がってくるのを体験しました。

しかしながら、皆があまりにも将来の不安への共感を求めるので、

会合の席では言い出せませんでしたが・・・。(^^ゞ


不安や恐怖は、人間に建設的な行動を取らせるために必要な感情であり、

否定すべきものではないと思います。

でもあまりにそれに捉われると、「今現在の幸せ」を、

充分に実感できなくなってしまいます。

それって、もったいないですよね。

「今現在」は、実際に目の前で、刻々と失っていっている

ものなのに。


人間はいつか、全てを失う運命の下に、生きている。

人間に生まれてきちゃったんだから、それはしょーがないよな〜と、

思います。

でも、そうした人間として避け難い運命を思うほどに、

今現在与えられているものの幸せが身に沁みるってトコロに、

人間体験の深さを感じるなぁ〜。

もしかしたらこれが、皆がこぞって人間に生まれてくる理由なのかも

しれませんね。(^_-)


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     久しぶりの東京でした。(^^)
     しかし食べられなくなったわ〜。(^_^.)
posted by noa koa at 12:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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