2019年07月01日

思索にうってつけ。

今年は空梅雨気味かな?と思っていたら、本格的な梅雨っぽく

なってきました。 落ち着くわ〜。(^.^)

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      ウチの庭の紫陽花。今年はこれだけ。

鼻炎も、ほぼほぼ治ってきました。

緑茶パワー、スゴイかも。(◎o◎)

治ってくると、ついコーヒー習慣に戻ってしまうのがアレですが。(^^ゞ

臨機応変にチャンポンしながら、健康を維持したいと思います。(^^)


長引く鼻炎から、過去においてあらゆるセラピーや占い師さんから

突きつけられていた「女性性」のことを思い出した、という話を

前回記事でしましたが、その後、ちょっとキチンと調べてみようと、

ネットで検索してみました。

すると、「女性性」とは、単に「自分からガツガツ動かない」という

ような、薄っぺらい意味合いに留まらないことが分かりました。


ざっとご説明しますと、宇宙の創造原理である陰陽エネルギーの

「陰エネルギー」に相当するのが「女性性」であり、それは

内面において育まれる豊かな生命力であるのだそうです。

対して「陽エネルギー」に相当する「男性性」は、その生命力を

外界に表現し、生命の望みを現実に実現させるための、

力強い実行力を指すのだそうです。

つまり「在る」のが女性性で、「成す」のが男性性。

この2つのエネルギーが協働し合うことによって、ビックバンのような

爆発的な創造力が発揮されるのだそうです。

ちょっと、日本神話のイザナギとイザナミの絡みを思い出しますね。(^_-)


「生命力」である「女性性」を生かして生きるということは、

「生命そのものとして生きる」ことであり、「生きている意味」

「生まれてきた意味」を実感しながら、「在るがままに」生きる

ことなのだそう。

しかし「成果を出す」ことを至上とする男性性が優位な現代においては、

そうした「在るだけで満たされる」という女性性をないがしろにして

生きている人が多数なんですって。

日本神話でも、イザナミは黄泉の国へと潜り、迎えに行ったイザナギに

醜く変わり果てた姿を見られて、こっぴどくフラれますもんね。

(老後にめでたく再会して、ハッピーエンドとなりますが)

これって、天界においては美しかった生命力が、弱肉強食の地上では、

利己心(生存本能)によって醜くなっちゃった、ってことかな〜と

思います。


幼い子供たちは、地上においても天界におけるような美しい生命力を

持っている感じがしますね。 キラキラしてるもん!(^^)

そうした幼子のような「生命のきらめき」を持つのが女性性で、

そのきらめきを護り、「生命」が望む状況を実現するのが男性性、

ってことらしいです。

で、一人の人間の中で、その両方がバランスよく協働していると、

「アタマ」ではなく「ハラ」が望んでいる、真に満たされる人生が、

サクサク創造できるのだとか。


バランスが大きく崩れると、それを均衡に戻そうとするのが自然の理

ですから、今の「働き方改革」なんかは、ある意味、揺り戻しなのかも

しれません。

今後は、より自分の中の「生命」を実感できるような生き方を選ぶ方が、

増えてくるのかもしれないな〜と思います。

皆が皆、弱肉強食の競争原理を超越した、より天界に近い、純粋な自分の

「生命」を尊重して生き始めた時!

どんなビックバンが起こるのでしょう〜。(^.^)


と、「女性性」の真意を知るにつけ妄想が止まりませんが、

自分はと言えば、ホロスコープによると、「陰陽バランスが

究極に偏った状態」で生まれてきているのでありました。(――;)

でももう結構長いこと生きてきているから、そろそろバランスが

取れてきてもいい頃なんじゃないかな〜。( 一一)

カモン、ビックバン!(笑)


創造原理以外にも、女性性には「無抵抗」とか「能動的サレンダー」とか、

イエスや法然&親鸞の生き方に通じる意味合いがあります。

「陰エネルギー」ということは、「目には見えない、隠れたもの」

ということなので、つまりは「潜在意識」=「カルマ」を表すのかな〜

と思いました。

「在りのままの生命」が引き寄せる「カルマ」を解消し切ったその時に、

目の前に現われる新たなまっさらな境涯のことを、

ビックバンと呼ぶのかもしれません。


つらつらと、長くなってしまいました。(^^ゞ

やっぱり梅雨って、思索にうってつけだわ〜。(^^)
posted by noa koa at 13:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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