2017年10月17日

天中殺まみれ。

昔から色んな占いで遊んできましたが、このところ私の中でブームに

なってるのが、算命学。

その昔、中華街の出店で自分のデータを出してもらったことがあるので、

それを手掛かりにちょいちょい、ネットで調べては遊んでいるのですが、

これがなかなか面白い。(^○^)

何が笑ったって、私自身は(幸せな人生だったなぁ〜)と、これまでの

人生を神様に感謝していたのが、実は自分の人生は一生うっすら天中殺

(宿命天中殺)で、さらにこれまでの人生のうち40年間が、まるっと

天中殺でしたっていう、オドロキの新事実。\(◎o◎)/!

ホント、笑うわ〜。(^○^)


一生うっすら天中殺の人は、いつも風邪気味の人がインフルエンザに

なったところでさほど気にしないのと同じで、何かと生きづらい

天中殺期間中も、さほど気にならないのだそうな。(^_^.)

人間というのは、自分の知覚しか体験できないものだから、人様が

人生をどのように知覚体験しているかなんて、計り知れません。

皆さんは、私よりはるかに、超絶怒涛に絶好調な感じで、人生を

生きておられるのか?!と思い、ホント何よりです!!(^○^)


さて、人によって0〜40年と、人生の内で見舞われる期間に差のある

天中殺ですが、社会貢献や社会奉仕、親孝行、家族孝行、バカンスや

休息、神社参拝、そして精神世界の探求などを行うと、その悪影響が

弱まるのだそうです。

私がこれまでの人生を振り返って(幸せだったなぁ〜、有り難いなぁ〜)

と思ってしまうのは、天中殺ゆえの勘違いもあるでしょうが、無意識的に、

天中殺の悪影響を弱めることをしていたからかもしれません。

社会貢献や社会奉仕以外は、ほぼ趣味みたいなもんですし。


天中殺中というのは、精神苦が特徴なのだそうですが、確かに我が人生に

精神苦がなかったら、精神世界に関心も向かわなかっただろうし、

神社に安らぎを感じることもなかったかもしれないし、バカンスにも

そう行かなかったかもしれないなぁ・・・と、思います。

そして私の精神苦の大部分はいつも、家族の精神苦に起因するので、

結果的に、自分の精神苦を緩めるために、親や家族にエネルギーが

向かい、またこの精神苦とは何ぞやというギモンにぶち当たって、

心理や精神、意識、伝統宗教や思想の探求にのめり込むという、

今にして思えば、天中殺の思うつぼに、まんまとハマった感じ。(^^ゞ

天中殺ゆえの精神苦が、結果的に天中殺の悪影響を軽くする行動を

取らせるという、これまたうまい仕組みを考えたもんだ、神様も☆


そして、私のこの、基本的に頑張らない性格も、天中殺には、

幸いしましたね。(^.^)

これが、無理してでも頑張る、ガムシャラに努力する、休息もせず、

バカンスにも行かずに仕事するような頑張り屋さんだったら、

天中殺の打撃はもっとキツく出たのかもしれません。

まぁ、そういう方は、そもそも天中殺期間が0年の方なのかも

しれませんが。

どっちが卵でどっちが鶏?って感じですね〜。(^^ゞ

とにかくきっと、どちらにせよ、どの人生も、うまい具合に

なってるんだと思います。


さぁそんな「頑張らない」私の人生も、「頑張らなくてよい」っていう

天中殺期間は、そろそろ終わりっぽい。

私の精神苦が終わるってことは、今後、家族の精神苦もないってこと

なので、大変喜ばしい。\(^o^)/

休息やバカンス、精神世界の探究や神社巡りに彩られた天中殺期間も、

私的には幸せでしたが、これまでの人生がほぼほぼ天中殺なので、

天中殺でない人生模様というのがどんなものなのか、想像がつきません。(^_^.)

まぁしかしながらこれまで通り、心の命ずるままに生きたいなと

思うところであります!(^^)


算命学、今では占い師の方を訪ねなくても、ネットでいくらでも

調べられます。(よい時代になりました)

占い師さんは優しくて、こちらを気遣うあまり、残念なお知らせに関しては

あまりストレートにはおっしゃらないのですが、良くも悪くも、ネットでは

ストレートな情報をガンガン調べることができます。


理想の自分や人生とのギャップが浮き彫りになっても、落ち込まないで

くださいね。(^_-)

自分や人生をそのまんま、ありのまま肯定するのが幸せのコツだし、

占いやセラピーは、そのためのツールなんですから☆(^^)


生涯うっすら天中殺、これまでの人生もほぼほぼ天中殺という、一見

残念な私の人生も、振り返ってみれば、苦も楽も、プラスにできない

ことなぞなかったなぁ〜、アメイジンググレイス!という感想。(^^)

天中殺まみれの人生を与えてくれた神様への感謝は、

みじんも揺らぎません☆(^○^)
posted by noa koa at 13:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

親が喜寿!!

先週は、母のお誕生日がありました。

何と喜寿です。 いつの間にっ。\(◎o◎)/

盛大にお祝いしようかと思いましたが、「大げさにしないで」との

ことなので、いつも通りのホムパにしました。(^^)

   CA3K14300001.jpg
   ちょっとホムパメニューが、マンネリ化してきたかも…。(^^ゞ

   CA3K14310001.jpg
   母のリクエストで、我が家の昔からの定番、私のチーズケーキ
   史上でも最高美味の、ガトー横浜のチーズケーキ。

子供の毎年毎年のお誕生日も、親にとっては嬉しいものなのでしょうけど、

高齢の親のお誕生日も、毎年、毎年、子供にとっては大変嬉しく、

有り難く感じるものですね。(*^_^*)

この先も10年、20年、30年と(今の日本には100歳越えの方々が、

6万人以上いらっしゃるそうですから(^^))、この喜びを重ねて

いけたらいいなぁと思っています。


それにしても、人の一生というのは、何とあっという間なのでしょうか。

今の自分の年齢が、自分が高校生だった頃の母の年齢であると

気づいた時には、愕然としてしまいますね〜。(@_@;)

あの頃の母は、本当に頑張っていたなぁ〜。

感謝しても、し切れません。


一人で頑張り過ぎる母のその姿が、10代の私に、(何としても、

母をラクにしてあげたい)という強い思いを根付かせてしまった、

という面もありますが。(^_^.)

後にヒプノセラピーで、「母親との感情の境界線がない」と

指摘された部分です。(^_^.)

人の感情を優先し過ぎて、自分の感情を後回しにすることをずうっと

続けていると、自分を愛する感情が育たないのだそうです。(;_:)


自分の感情を最優先し、人をないがしろにし過ぎる(――と、私の目には

映っていた)父親に、10代はずうっと、怒っていたからなぁ〜。(`´)

大人になって、父の痛みや限界、そして素敵な点も、認めることが

できるようになりましたが。

理性の発達も、心理学的、霊的知識も乏しかった若い頃は、本当に

心がツラかったです。(-_-;)


でも、その若い頃の内面のツラさが、人間という存在や

人生への根源的な疑問を喚起し、自分の内側へと深く入って行く

きっかけにもなりました。

今となっては、父も母も、姉弟も、友達も、人生で出会う人たちは皆、

自分がその人々からくる刺激に対してどういう反応を起こすか、という

現象から、自分というものを知る(潜在意識の中の、ゴミと宝物を

分別し、断捨離してキレイに整理する)きっかけを作ってくれる、

有り難い導き手なんだなぁと思えるようになってきました。

無意識的なツラさとか、誤った価値判断(これがツラさの原因)と

いうものは、無意識レベルに内蔵されている限り、顕在意識で

把握できないので、正しようがないですもんね。

顕在意識の上に、引っ張り出してもらわないと。


ゆえに、私の人生において最も強烈な刺激を与え、憎まれ役を

引き受けてくれた亡き父には、実は内心では、とても感謝して

いるのです。(^.^)

私の潜在意識の中にある、見たくない(けど向き合って浄化しないで

どーすんだ、っていう)感情を、これでもかってくらいにあぶり出して

くれたお父さん、本当にありがとう!!(^○^)


――あ、でもこないだは、お父さんではなく、お母さんの誕生日でした。(^^ゞ

母は、私の中から心配性と、おせっかいと、無条件の母性的愛情を

あぶり出してくれる存在です。

子供とか、ペットに近い??(^^ゞ

将来のロスが、今からコワいです。(笑)


悔いのないように、一緒にいられる一日一日を大切にしつつ、

自分を愛する感情も、後回しにせずに、意識して育てていきたいなぁ

と思っています。

長年にわたって根付いている思考習慣を、常に意識の上に引っ張り出し、

変えていくのは、なかなかエネルギーのいる作業だとは思いますが。

いつ来るか来ないか知れぬ、ペットロス・・・じゃなかった、

母ロス対策としても、今やらなくて、いつやるの☆

がんばっぺ☆(^^)
posted by noa koa at 10:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

不老の秘訣。

日に日に秋めいてまいりました。

今年ももう秋とは、何たる速さ。(@_@;)

ここまでまずまず平穏無事に過ごせていることに、感謝です。(^^)


秋と言えば芸術の秋、ってことで、先週は姉のお誘いで、目黒雅叙園の

百段階段で開催されている華道展へと、足を運んできました。

   CA3K13800001.jpg
     正面エントランスには、家元の作品。

     CA3K13810001.jpg
     百段階段入口には、姉のお師匠さんの作品。

     CA3K14080001.jpg
     天上まで続くかのような、百段階段。

   CA3K14130001.jpg
   階段から横手に入る日本間に、作品群があります。

   CA3K13860001.jpg
        こんなワビサビ作品も。

   CA3K13920001.jpg
   文化財である豪華な日本間との調和が素晴らしかったです。

     CA3K14220001.jpg
  ランチ後、雅叙園ロビーで、お茶の時間を楽しみました。

   CA3K14190001.jpg
   ラッキーにも、滝の景色正面の、ベストポジションのお席。(*^_^*)

   CA3K14260001.jpg
    駅へと戻る坂道の途中にお寺があったので、
    お詣りして帰ってきました。

     CA3K14280001.jpg
     おみくじが、よくある大量生産モノではない、
     江戸風の粋なおみくじで、面白かったです。


豪華絢爛の華道展、美味しいランチ、優雅なお茶タイム、帰り道に

フラッと立ち寄ったお寺さん…と、盛り沢山な楽しい一日でしたが、

一日を振り返って一番印象に残ったのが、お寺さんとおみくじだった

ということは、やっぱり私は芸術よりも、神様大好きなんだな〜と、

思い知らされました。(^^ゞ

次にお茶タイム、ランチ、華道展の順でしょうか。(^^ゞ(^^ゞ


先日、TVで、高齢になっても若さを保つホルモンを出し続ける秘訣と

して、「趣味、生きがいをもつこと」が紹介されていました。

紹介されていた、ご高齢ながら壮年と同程度の若さキープホルモンを

お持ちの方々は、皆さん主体的に打ち込めるような、高度な趣味の

活動をお持ちでした。

長生きは望まないけれど、若々しさは保ちたい…というのが、

これから晩年を迎える我々世代の、共通の思い。

そのキーとなるのが、「生きがいとなるような趣味」(&ビタミンC)

なのだそうです。


そう言われると、色んなことをボチボチやってはいるけれど、それが

「生きがい」かと問われれば、疑問符がつくな〜と思います。(^_^.)

そこで、人が生きがいを感じるのはどんな場合か、と考えてみたところ、

「何かを育てている時」なのではないか、と思い至りました。

子供やペットなどは、無条件に生きがいになってしまいますもんね。

だから、それらが自分から離れていってしまった時には、「ロス」が

生じてしまう。(T_T)


生まれてから死ぬまで、一生離れずに一緒にいるのは「自分」なのだから、

「自分育て」を趣味にすれば、ロスもなく、一生涯、生きがいを持って

生きられるのではないか、と思いました。

そのためには、どんな分野で、どんな風に自分を育てていきたいのか、

「自分」というものをよ〜く知り、理解することが重要です。

ついつい「義務」を優先させてしまう自称大人は、要注意ですね。(^_-)


何の義務もなかった幼かった頃の自分の趣味嗜好を思い出してみたり、

時に義務を放り出して、子供の頃のような1日の過ごし方をしてみると、

見えてくるものがあるかもしれません。

子供の頃の、あの毎日の新鮮さ!

何かと常につながっているような、100%の安心感!

取り戻して、いつまでも生き生きと若々しく、生きていきたい

ものですね!(^○^)
posted by noa koa at 12:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

人間可愛いや、可愛や人間。

暑さ収まり、やっと三食、食べられるようになってきました。

若い頃は「夏バテってナ〜ニ?」って感じでしたが、この歳になって、

「これがソレかぁ〜」って感じでしたね。(^^ゞ

食べることの大切さ、食べられるということの有り難さが、

身に沁みた今年の夏でした。


小さい頃は、親から食べることを強制され、若い頃は、ダイエットで

自分に食べないことを強制し、今また、自分で自分に食べることを

強制しているのを眺めてみると、人生って面白いなぁと思います。

歳を取ると、幼い頃の自分に戻っていくのかな、って。


ふと、「アルジャーノンに花束を」っていう小説を、思い出して

しまいました。📖

最後の一行で誰しもが号泣を余儀なくされる、有名なベストセラーです。

人間というのは、何と切なく、可愛らしい生き物なのでしょうか。

あっという間の一生を、何やかんやと大真面目にから騒ぎして、

もれなく弱って死んでいく・・・。

神様から見たら、「バカだな〜、カワイイな〜」って、

感じなんだろうな。(*^_^*)


ある占い本で、私の星座は今年は「自他のケアを怠らないよう。体の

メンテナンスをせよ」と書かれてありましたが、今年は同じ星座の親友も

入院、手術を経験したし、私も鼻風邪引くとゆうに一カ月は治らない感じ

なので、今までこういう星座占いって当たったことなかったのですが、

ざっくり、当たっているのかも。👀

恋愛運や仕事運よりも、健康運が気になるお年頃になってきました。(^^ゞ


後になって気づいたことですが、父が亡くなった年は、私が12年に一度の

天中殺、弟が厄年真っただ中でした。

占いや古くからの言い伝えって、話のネタとして楽しむだけで、あまり

気にしたり参考にしたりしたことはありませんでしたが、な〜んか、

バカにできないのかな?って、思えてきました。( 一一)

占いや暦に一喜一憂するとかではなく、私たち人間の一生って、

自分では自力で泳いでいると思っていても、実は抗いがたい大きな

潮流に運ばれてるだけなんだよね〜、悪しからず、って、

言われているような。(^_^.)


その人の生まれ持った性格と、環境との間の因果因果の鎖と、

目には見えない大きな潮流との兼ね合いの中で、人生で起こることは

必ず起こるし、起こらないことは、絶対に起こらない。

そうなると、親友の入院も必然だし、私の長引く鼻炎も必然。

しゃーない、ってなりますね。(^^ゞ


量子力学の本によると、因果の鎖と潮流の流れを変えるには、感情、思考、

言動含めた「意識」の飛躍的変化が必要であるとこのこと。

意識を変えるということは、従来型の感情、思考、言動を変えるということ。

これがまぁ、難しいっちゃ難しいのですが、簡単っちゃ簡単。

つまり習慣を変えるということですので、絶えざる自己観察と自己変革が

できれば、誰にでもできることです。


私も(まいっか、一、二食抜いても)から、(三食きちんと)に意識を

変えて、今年の健康運低迷の潮流を、最小限のダメージに抑えたいと

思います。(^^)
posted by noa koa at 12:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

何でも使える。

鼻炎が治り切らないうちに、今度は顔面蕁麻疹になりました。(T_T)

お顔が痒くて痒くて、俺系レストランでの親友たちとの会食も、

泣く泣くキャンセル。(T_T)

全く、「何て日だ!!」な今日この頃です。


でも、何かしらの不具合の発生は、自分自身に改めて注目せざるを

得ないという効果があります。

不具合連発は、「自分のことを、気にかけていませんよ〜」という、

サインなのかもしれません。


実は、女医さんや看護師さん、薬剤師さんの優しい気遣いが

妙に心に沁みわたり、心がじんわり潤ってしまったことに気づいて、

(あれ?私、自分に対する注目や優しい気遣いが、もしかして、

足りてなかったのかな??)と、我ながら少々、驚きました。

そういや、父も生前、病院には妙に嬉々として行っていたなぁ〜。( 一一)

ありゃ、家族に注目してもらえないもんだから、お医者さんや看護師さん、

薬剤師さんたちに、心を潤してもらいに行っていたんだな〜、と、

今更ながら、腑に落ちました。(*^_^*)


蕁麻疹の原因については、お医者様には、「原因は不明です。

加齢とか、更年期とか、まぁそういうものとの戦いですよね〜」って、

言われました。(T_T)

一方、スピリチュアル家庭の医学によると、顔面蕁麻疹は、

「面目に関わる恥や不安、恐怖心」なのだそうです。

この秋、立て続けに高校と大学の同窓会のお誘いがあったから

かしら〜??(^_^.)


「かゆみ」は、環境に影響されすぎて、自分の欲求を否定して

しまっている人、なのだそう。

「欲しいものがな〜い」と、高らかに離欲を謳っていたのは、

まやかしだったのかっ?!(@_@;)

まぁ、ショートケーキのイチゴは最後に食べるタイプだし、

イソップ童話の「酸っぱい葡萄」のキツネの気持ちも、よ〜く分かる。

私の中の子供の意識が無邪気に欲しがる欲求を、私の中の大人の意識が

「どーでもいい」と切り捨て続けた結果、欲求そのものに対する感度が

鈍ってしまっているのかもしれないな〜と、思い至りました。

自分に真っ正直であるのって、意外に難しいのかもしれません。


蕁麻疹対策としては、お医者様曰く、「とにかく保湿!」なのだ

そうです。

スピリチュアル家庭の医学では、皮膚は「人格」「自己イメージ」を

表すらしく、それによると、私はカッサカサに乾いた人格、と

いうことに・・・。(;一_一)

そう言えば、むか〜しヒプノセラピーでも、「人生、自己完結的に

生きればいいってもんじゃない。潤いや彩りも、同じくらい大事。

多少ダメでもいいから、人間的な情緒を育み、片手落ちのバランスを

とりなさい」って、言われたことがありました。

セラピー後、「なかなか深い、いいこと言うな〜」と感心したものの、

現実世界で、どう片手落ちのバランスを取ったらいいものやら、

自分の人生が今、潤ってるのか潤ってないのかもよく分からないまま、

無情にも時は過ぎ・・・。(^_^.)

――どうやら、潤ってなかったみたいです。(^^ゞ


身体に出た不快な症状も、自己省察の機会として使うと、

思わぬことに気づかされ、なかなか面白いものがあります。(^^)

とりあえず、子供の頃のような「喜び」を感じさせ、自分の欲求を

満たし、心を潤わせる品々として思いつくものを、皮膚科の帰りに、

買ってきました。

   CA3K13760001.jpg
   おせんべいと、松本清張作品。一気読み楽しみっ♪

こうして少しずつ、自分の「欲求」に対する感度を取り戻し、

人生を保湿していきたいと思います♪(^.^)

   CA3K13770001.jpg
   ちなみに、「スピリチュアル版家庭の医学」は、コレ。
posted by noa koa at 12:43| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

夏の終わりの鼻炎祭り。

油断しまして。(-_-;)

鼻炎→喉痛→鼻炎いまだ完治せずの、今日でございます。

今年は気をつけようと思っていたのですが、去年と同じ過ちを

繰り返してしまいました。

去年は、皮膚炎でしたけどね☆

この夏の終わりあたり、ぶり返し酷暑で食欲ナッシングだったため、

低栄養状態たっだかも・・・。

やっぱり人間、きちんと食べないとダメですね!


さて去年と同様、せっかく鼻炎になったのだからと、本棚にある

スピリチュアル家庭の医学で、「鼻のトラブル」の項を読んでみました。

そしたら、鼻のトラブルに見舞われる人は、

「自ら何かを感じないようにしている」のだそうな。

生命のもとである空気を吸えない鼻づまりは、「生命を感じ取って

いない、生きる喜びを感じ取っていない」ということだそうです。


あーここんとこ食べるのがイヤになっちゃってたからかな〜と思い、

大好物のおせんべいを、バリバリと食べてみました。

酷暑が収まり、食欲が徐々に戻ってきたということもあるかと思いますが、

確かに、鼻炎もよくなってきたかも。(笑)


でもここ数年、鼻炎ちょいちょい繰り返しているので、

根本的葛藤は、解決されていないのかもしれません。

というのも、○○炎と名のつく症状は、ある葛藤が遠ざけられた、

あるいは解決した時に、ダメージを受けた身体が元に戻ろうとして

起きている症状なのだそうだからです。

おせんべいを食べるだけでは根本的に解決しない、

「生きる喜び」に関わる葛藤って、何だろう??

この、恵まれた時代に生まれ、恵まれた人生を享受して、

これ以上、何を喜べと言うのか??


時々すご〜く真実を衝く発言をする弟に、聞いてみました。

すると、「ストレスないのが、ストレスなんじゃない?」とのこと。

なるほど〜。 やはり鋭いなオヌシ。( 一一)

まだまだ私は、悟りの境地に安住できていないってことかも

しれません。

前世、武将でしたからね♪(笑)


私は「戦わない」ことを学ぶために、女性に生まれて来たとの

ことでした、ヒプノセラピーによると。

ごくごくたま〜に、その誕生前の目的を忘れて、戦いたくなることも

あるんですけど。(^^ゞ

しかし今世は、男性エネルギーではなく、女性エネルギーを身につける

こと、つまり、戦って叩きのめすのではなく、慈悲と思いやりの心で、

共存共栄を図ることを学ぶように、とのことで。( 一一)


弟は、戦いたくてウズウズしている私と、いやいや待て待て、

違うアプローチで問題解決せにゃアカンやろ、と自分を抑える

私の内面の葛藤を、傍からよ〜く、見ていたのかもしれません。

弟は前世も弟だったからか、よく見てるわ〜。(^_^.)


WAR IS OVER、専守防衛、不戦の誓い、平和主義、

これからも、心したいと思います!(^^)

   CA3K13700001.jpg
   「食べる喜び」のため、近所のフレンチレストランの
   「朝カフェ」に行ってきました。
    朝8時ですでに45分待ちの行列に驚き。\(◎o◎)/

   CA3K13730001.jpg
   胃に軽そうな、フレンチトーストセットにしました。

   CA3K13740001.jpg
   店頭でやっていたマルシェで、地元野菜購入。
posted by noa koa at 14:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月31日

この夏の一冊。

とうとう、8月も今日で終わり。

今年の夏は、夢幻のように、あっという間に過ぎ去った印象・・・。

暑すぎて、あんまり遊びに出掛けなかったからかなっ。


さて、活字中毒の私の、この夏の一冊。

   CA3K13690001.jpg
   
これ、すごく良かったです。

「タオ」っていうのは、老荘思想における「道」のことで、

人間の思考による脚色をつけない、いわゆる「あるがまま」のこと。

今年は、「ギリシャ哲学あたりを読もうかな〜」と思っていたのですが、

ふたを開けてみれば、一元論の本ばかり。📖

禅も、老荘も、量子力学も、ぶっちゃけ全て、一元論です。

今年のテーマはここにあり、なのかもしれません。( 一一)


本の中で、著者は、「苦しみの原因は全て、外的物事にあるのでは

なく、その物事に対する、自身の考えにある」と、言っています。

つまり、例えば「子供たちが家を汚す」という現象に苦しみを感じている

場合、「家を汚す子供たち」あるいは「家が汚れている事実」自体が

ストレスの原因なのではなく、「子供たちは家を汚すべきでない」、

「家は綺麗に保たれるべきだ」という、自身の凝り固まった考えこそが、

自分を苦しめているのだと。

その場合、何があるがままの現象かと言えば、「子供たちが家を汚す」、

「家が汚れている」ということ。

その歴然たる目の前の事実に異を唱えても、自分の心が苦しむだけ。

自分にできることは、目の前ですでに展開されている事実を変えること

ではなく、自分で自分の心を苦しめるようなことをやめること。

それだけで、人生はめっちゃラクになる、というお話でした。(^^)


こうして、苦しむのをやめる習慣を身につけると、ストレスや苦しみは、

自身の中に「自分を苦しめるような思考を持っているよ」というサインと

なるので、より自分を自由へと解放するチャンスとなるのだそうです。

自分の中にある、自分にマイナスになっている思い込みを見つけ出して、

必要なければ手放す、っていう理論は、ヒプノセラピーと一緒だな〜と、

思いました。(^.^)


人は、どうして苦しみを手放さないんでしょうかね?

苦しみを引き起こす思考を持ち続けることで、目の前の事実、あるいは

未来が変わると、思っているのかな?

でも実際は、逆なんですよね〜。(^_^.)

人間は、自分の意識の中にあるものを、人生で体験するようにできている

ようなのです。

だから、「子供たちは家を汚すべきでない」という考えが、意識の中に

強くあると、実際にそう強く思わざるを得ないような現象を、体験する

ことになるのです。


意識って、無意識の割合が巨大なので、現象として体験するものは、

顕在意識で望んでいないものも多い。

でもそれは、他ならぬ「自分の」無意識から上がってきた現象なので、

決して他人や、外圧によるものではない。

誰のせいでもない「自分のもの」なので、誰かや何かを責めてもムダ。

ありのまま見て、受け容れて、その背後にある、自身の無意識的な、

凝り固まった考えに気づき、深く理解して、もしもういらなければ、

捨ててしまえばよし、なのです。

苦しみは、なくなります。


本では、自分が考えを手放すというよりも、自分の考えをよ〜く理解

しさえすれば、そのこだわりある考えの方が自然に消えていき、

その結果、現象(体験)も消えていく、というお話でした。

まー、そうも言えるかも。(^.^)


また、本の中では、今年研究しようと思ってたソクラテスの、

かの有名な名言「無知の知」にも、触れられていました。

これ、「認識力に限界のある人間には、大きな秩序は分からんのだから、

狭い認識でグダグダ言うな」って、ことらしいですね。

ままならない人生を生きる人間の意識の中から、「何を現象として

浮かび上がらせるか」を決めているのは、一体誰なんだ?

自分じゃないでしょ?分からないでしょ?神様としかいえないでしょ?

全知の神に向かって、グダグダ言っても、仕方ないでしょ?って、

トコロなのかもしれません。(^^ゞ


さ〜すが、無実の罪なのに「オッケー♪」とばかりに毒杯をあおり、

己が死にゆく過程を弟子たちに実況中継したというソクラテス、

タオってるわ〜。(^.^)

つまるところ、人生全肯定なワケですね、師匠!(^o^) 

私も今後、ソクラテスバリにタオって生きていけるよう、

精進したいと思います。(^^)
posted by noa koa at 16:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月23日

流しましょう。

最近発見した事実。👀

それは、「流れを良くすると、痩せる」。


きっかけは、戸隠旅行から帰ってきた後の、体重でした。

「あれ。減ってる・・・」

3日間の旅行中は、ヘルシー料理ながらもいつもの何倍もの量を食べ、

いつもはあまり食べないお菓子を車中でパクパク食べていたにも

かかわらず、行く前の体重よりも、1.5kgほど、減っていました。

(何でだろ〜?何でだろ〜?)とギモンに思いつつ、答えが出ないまま、

一か月ほどで、ほぼリバウンド。(T_T)

猛暑による食欲減退で、旅行中よりも確実に、食べている量は少ないと

いうのに。( 一一)

「――さっぱり分からない(ガリレオ風)」と、眉間にしわを寄せていました。


そんなある日、TVでリンパドレナージュのやり方について教えてくれる

番組を見ながら、ご指導通りに、やってみた時のこと。

なんと、その時ちょっとだけ痛かった股関節の痛みが、

スッとなくなったんですね〜。\(◎o◎)/!

時折、膝や股関節が痛むことのある私は、(こりゃいいかも!)と思い、

お風呂に入る際はいつも、TVで教わった通りに、リンパドレナージュを

やってみることにしてみました。

そしたらー。

いつの間にか再び、戸隠から帰ってきた時と同じ体重に、

なっていたのでした。(◎o◎)


戸隠ではリンパドレナージュは行っていませんでしたが、そういえば、

2日連続で温泉に入り、宿でもさらに、菖蒲ヨモギ風呂に、ゆっくりと

浸かっていました。♨

つまり、体重減につながったと思われる共通項は、「血行、リンパ液など、

体液の流れが良くなったこと」。

こうしてめでたく、「謎は全て解けた!」になり、心身共に、

スッキリしました。(*^_^*)


まぁとはいえ、体重1〜2sは日常変動範囲ですし、そもそも痩せてキレイに

なるよな歳は過ぎ、痩せると老ける年齢に入ってきているので、(-_-)

さほど痩せたいと思っていたわけでもないのですが、季節の変わり目や、

身体が冷えると起こってくる関節痛や神経痛が、リンパドレナージュで

劇的に良くなるというのは、有り難いことです。\(^o^)/

身体の流れが良くなれば、人生の流れも良くなる気がするし〜。(笑)

これからもどんどん、流していきたいと思います!(^^)

   CA3K13630001.jpg
   母の膝痛が再発したので、近所の温泉施設「湯けむりの庄」に、
   行ってきました。 風鈴が夏らしい。

      CA3K13640001.jpg
               お魚。

   CA3K13670001.jpg
      見ざガエル、言わざガエル、聞かざガエル。

   CA3K13650001.jpg
         テラスが涼しげなお食事処。
posted by noa koa at 10:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月16日

お盆なので・・・ちょいコワ話2。

ご先祖様をお迎えするお盆も、あっという間に過ぎて行って

しまいました・・・。

お盆になると、普段は家事にやる気を見せない母が、急に張り切って、

祭壇の用意をします。

   CA3K13580001.jpg
     毎年、母がしつらえるお盆の祭壇。
     何か、横溝正史の世界みたい・・・。

仏前に出す朝晩のお膳の用意もきちんとして、全て滞りなく

やり抜く姿は、何だか別人のよう。( 一一)

亡き自分の両親や夫には、きちんとしてる面を見せたいのかな〜と、

思いながら見ています。(*^_^*)

子供に見せる面は、グダグダなんですけどね。

人間って面白いなって、思います。


そう言えば、数年前、まだ父が生きていた頃の、お盆の時の話。

お坊さんが読経を終えた際に、母が「こんなに立派に供養して

もらって、ありがたい」と言って、急に泣き出したことがありました。

お坊さんも、家族一同も、ビックリです。(@_@;)

「え。毎年やってることじゃん。何で今さら?」って感じで、

キョトンです。


お坊さんもワケが分からず、バツが悪くなって、そそくさとお帰りになり、

家族だけになった時に、「何あれ。どしたの」と母に聞いたら、

「自分でも何だかよく分からないけど、急にありがたい気持ちが

込み上げてきて、涙が出てきた」とのこと。

すると、隣にいた姉が、「あれ、お母さんの涙じゃないよ。

お婆ちゃんの涙だよ。お婆ちゃん、ここにいたもん」と、

これまた奇々怪々なことを言い出しました。


母によると、祖母はお嫁入り先に実家の仏壇を持ってきたものの、

嫁入り先なので表に出すことは許されず、押し入れに入れた仏壇に、

いつも手を合わせていたのだそうです。

だから、こうして表立って盛大に供養してもらえることが、

涙が出るほどありがたいと祖母が思うのも、一理ある、と、

母は納得していました。

――いやいや、それはともかくとして、祖母が一時的に自分に

乗り移ったらしき現象についてはスルーなんかい、って思いましたが、

まぁ身内だし、全然、コワくも何ともないようでした。


自分のものではない感情を意識の中に感じるという現象は、私も、

東日本大震災の直後に、体験しました。

地震の後、ある夜、一人で部屋で静かにしていたら、胸の奥の方から、

急に漠然たる恐怖と不安の感情が浮かび上がってきて、驚きました。

自分自身は、部屋で一人で、平穏な気持ちでいたので、個人的には

そういった感情を感じる根拠がなく、すぐに(あ、これ、被災した

みんなの感情だな)と、思いました。

集合意識に一気に大量に放り込まれた日本国民の恐怖と不安が、

上がってきちゃったんだな、と。


戸隠神社の中社でも、心は至極平静なのに、なぜか膝がガクガク震えて

止まらなかったこともありましたねー。

あれは一体、誰だったんだ、って感じ。( 一一)

ヒプノでも、現在の自分とは違う人格の、過去生の人間の感情を

ありありと感じて号泣とか、ありますもんねー。

夢で、猫の感情を感じて号泣とかも、あった。

人間の意識の感知機能というのは、現在思っているよりも、

はるかに広範囲をカバーするものなのかもしれません。


まだまだ解明されていないことがいっぱいあるこの世の仕組みって、

興味深いですよね。(^^)

あの世に行った先人たちは、今頃「謎は全て解けた!」に、

なっているのかなぁ〜。

早く行ってみたいような、そうでないような。(^^ゞ
posted by noa koa at 12:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする