2011年07月21日

夏休みの自由研究☆

えーっと。 3回目、観てきちゃいました。映画

すっかりハマッています、この夏は、「薔薇サム」に。キスマーク

「ベルばら」大好き、アレクサンドル・デュマ大好きな私は、

中世ヨーロッパを背景とした絢爛豪華な陰謀冒険活劇には、

無条件に血沸き肉踊っちゃうんですよね〜。グッド(上向き矢印)

前世で、自分、騎士だったことがあるんじゃないかと、

密かに思っているのですが、残念ながら、これまでの前世退行では、

そういった前世は見たことがありません。。。

でもここまでハマるってことは、

きっと何か、潜在意識的な原因があると思うんだなっ。

ちょっと、今度、探ってみようかな〜。(^.^)


さて、いつの間にか海の日も過ぎ、

世の中の子供たちは、待望の夏休み突入ですね。晴れ

私も夏休み、だ〜い好きでした。わーい(嬉しい顔)

「毎日、夏休み」が、長年の夢だったくらい。(笑)

夏休みになると、朝から読書に思いっきり没頭できるのが嬉しかった、

という思い出があるので、大人になってからも、

毎年、夏の盛りになると、ついつい、本の一気読みがしたくなります。本


で、久しぶりに、図書館で、本を数冊、借りてきました。

そしたら、借りてきた本の中に、大変興味深い本があり。目

欧米にてスピリチュアリズムの最重要文献と評されている、

死後の世界についての、いわゆるチャネリング本です。

(ちなみに、春秋社の「不滅への道」という本です)

1900年代初頭に書かれた物らしいのですが、

現代の量子物理学の研究発表と重なることを言っていたり、

私自身の不思議体験の疑問点にも答えてくれていたり、

何となく借りてきた本でしたが、大変有益な本でした。ひらめき


その本によると、死というのは、意識できる周波数が変わるだけで、

本人の自我は、死後も消えることなく、存続するのだそう。on

そして、死の直後は、冥府と呼ばれる中間生で、

地上にもう一度生まれ変わりたいかどうかを自分で決定し、

そこで生まれ変わりを選択しなかった人は、

望んだことが即座に叶う、楽園のようなところに行くそうな。リゾート

中間生で、地上生活を振り返り、反省したり総括したりする、

ってのは、ヒプノセラピーの前世退行でも体験することなので、

なかなか興味深く読み進みました。
 
その本によると、今現在私たちのいる「物質界」って世界が、

生命(魂)の進化の世界の中では、どうやら一番しんどい世界であり、

幾度かの地上での生と死を経て、魂(意識)が成長し進級していくと、

やがて周波数の違う世界に移り(それまでの周波数を脱ぎ捨てる)、

その後もより高い次元へと順次移行(脱皮?)していくにつれて、

魂はよりラクで、より気づきの多い、素晴らしい生活ができるらしい。


自動書記によるチャネリング情報なので、真偽の証明はできませんが、

もしこの情報を知ったら、津波で大切な人を突然亡くした人たちの心が、

ほんのちょっとでも癒されるんじゃないだろうか・・・と、ふと思いました。


あと、私にとって大変参考になったのが、「類魂」についての記述です。

「類魂」とは、多数の魂が1つにまとまったグループのようなもので、

地上の生命は皆、ある類魂グループから派生した分枝魂であり、

その類魂に含まれる魂の数や種類は、人それぞれなのだそう。

どうやら、ヒプノセラピーで体験する前世の魂などは、

自分の属する「類魂」に含まれている魂であるようです。

「類魂」に属する魂は、互いに経験やカルマを共有し、力を合わせて、

自分らが所属する「類魂」の、進化成長を目指しているとのこと。

「類魂」には、人間の魂だけではなく、動物、植物、魚、昆虫など、

あらゆる生命意識が、渾然一体となって束ねられているそうです。


この記述を読んで、私の2つの不思議体験の謎が解けた気がしました。

1つは、猫だった時の前世記憶を、超リアルな夢で見たこと。猫

もう1つは、奈良の霊山である三輪山で、ある杉の木に、

「私はあなたの親のようなものです」と、

(テレパシーみたいな感じで)言われたことです。耳

自分が実際体験したことながら、

「猫から人間に生まれ変わるなんて、あるのか??」

「杉の木が親って、一体どういうこと??」

と、ずーっと長い間、疑問に思っていました。

それが、それらはつまりは、私の属する「類魂」の中に、

猫や杉の木の魂が一緒に属している、ってことなんだなひらめき

と理解することができて、大変スッキリしました。グッド(上向き矢印)


モーツアルトのような、生まれながらの天才も、

「類魂」の存在により、説明がつくようです。

つまり、その属する類魂において、音楽の経験が豊富な魂が多く、

類魂団全体として、音楽の才能が開発されていると、

地上におけるその1つの分枝魂(この場合モーツアルト)が、

その類魂団のもつ無意識的知識を携えて生まれ、

地上生活において、その類魂の特性を顕著に現すことがあるそうです。


TVで芸能人なんかを見ていて、

「なんかこの人、ラクダっぽくな〜い?」とか、

「爬虫類っぽくな〜い?」とか、

面白半分に言ったりすることがありますが、

これももしかしたら、その人の「類魂」のお仲間が、

物質的形状に、にじみ出てきているのかもしれないですね〜。(^^)


ところで、私がこんなに「薔薇サム」にハマるということは、

私の「類魂」の中に、ひょっとしたら中世ヨーロッパで大暴れした、

やたらと腕の立つ、命知らずのステキな魂がいるんじゃないかと、

手前勝手な妄想をしてしまうのだけれど、

今の自分に現れている特性を考えると、それはないか〜。(-_-;)

あ〜、アンヌやオスカルと、類魂になりたいっ☆ぴかぴか(新しい)

(注:アンヌ(「薔薇サム」)、オスカル(「ベルばら」)は、

   物語の中の架空の人物なので、それは絶対に無理です)


リゾート ヒプノセラピー・ヒーリングサロン noa koa リゾート

HPはこちら → http://sky.geocities.jp/aloha_noakoa/
ご予約、お問い合わせはこちら → noakoahawaii@yahoo.co.jp
posted by noa koa at 03:20| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

アミ3部作

音を立てているような世の中の動きに気をとられている間に、

季節は梅雨に入ってしまいましたね〜。雨

夏の手前の風物詩って感じで、梅雨もキライではないのですが、

今年はちょっと、ヒヤヒヤドキドキしますね。

被災地で土砂が崩れたら・・・とか、最大余震が来やしないか・・・とか、

原発の作業員の方たちは大丈夫なん・・・?とか、

梅雨明け、超猛暑だったらどうしよう・・・とか。

まだ起こってもいないことをムダに心配するのは、

精神衛生上よろしくないんですけどね。あせあせ(飛び散る汗)


私たち人間にできることは、今起きていることを真正面から受け止めて、

新たに最善と思える選択をすることだけですね。

何が嘘で、何が本当か、何が正しくて、何が間違ってるのか、

国民一人ひとりが、自分の心の感覚に照らして、

責任を持って判断する時代が到来しているのだと思います。

しっかりしなくちゃねexclamation


ところで、こんな時にこそ、皆さんにオススメしたい本があります。揺れるハート

それは、巷で「アミ3部作」と言われているシリーズ本、

「アミ小さな宇宙人」「もどってきたアミ」「アミ 3度目の約束」

の3冊です。本

一見児童書のような装丁とストーリーになっているのですが、

実はとっても崇高で高次な、真実のメッセージが織り込まれています。

今の私たち人類への警告とも取れるような部分も。演劇


物語の中で、主人公のペドゥリートが、友達の宇宙人のアミに、

過去の、自滅していくある惑星の様子を、

UFO内の録画映像で見せられるシーンがあります。

心や精神性の発達に比べて、科学技術の発達が進みすぎたがゆえに、

それを誤用し、自分たちの手で自分たちの星を壊滅させてしまう、

哀れな人々の姿です。失恋

確か、トランティスの沈没とかも、似たようなエピソードでしたよね・・・。


先日、その部分を読み返して、

「うわ、ちょっと、似てな〜い??今の世界の状況も・・・」

と、思ってしまいました。がく〜(落胆した顔)

ま、フクシマのおかげで、世界各地で脱原発気運が高まったり、

日本人も、自分たちが抱えている問題に初めて深く気づいたりと、

私たちはまだそこまで、悪いことばかりではありませんが。

でも、政治関連のニュースを見ていると、

どちらに転ぶやら、崖っぷち感もなきにしもあらず・・・。ふらふら


アミのお話の中で、ペドゥリートは「宇宙の法」というものを

教えてもらいます。

「宇宙の法」とは、アミによると、ずばり「愛」とのことです。

何であれ、「愛」に基づかないものは、いずれ崩壊する運命にあるのだと。

てことは、今の利権や拝金に基づく社会・経済システムは、

もしかしたら今まさに、大いなる力によって、

暴露され、崩壊させられようとしているのかもしれませんね。

ただ崩壊が、システムだけで済むならいいのだけれどー。ふらふら


利権にも巨富にも縁のない私たち庶民は、

とばっちり受けてつらいですけど、

せめて自分自身や、周囲の人たちとの関係や、従事する物事は、

「愛」に基づくものであるように、努力したいものですね。揺れるハート

それに、自分の外側の出来事は、みな自分の鏡だとすれば、

必ずしも「とばっちり」とは、言い切れないのかもしれないし〜。

目の当たりにさせられている「利権」や「拝金主義」を、

私たち一人ひとりが、自分の無意識心の中から、

浄化しないといけないのかも。


・・・などと、色々考えさせられる、とってもよい本です。黒ハート

BOOK OFFとかでもよく見かけるし、もしご興味湧いた方いらしたら、

ぜひぜひ一度、読んでくださいまし。わーい(嬉しい顔)

noa koaのオハナ様方には、noa koaライブラリーにございますので、

もしご希望の方いらっしゃいましたら、お知らせくださいねるんるん




リゾート ヒプノセラピー・ヒーリングサロン noa koa リゾート

HPはこちら → http://sky.geocities.jp/aloha_noakoa/
ご予約、お問い合わせはこちら → noakoahawaii@yahoo.co.jp
posted by noa koa at 19:18| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月26日

「美しいもの」

「利休にたずねよ」という本を、読んでみました。本

私にとって、小説などの、研究のため以外に読む本は、

とっておきの娯楽で、自分へのご褒美的なものであるのですが、

姉弟が「面白かったよるんるん」とやたらススメるのと、

先日お茶会に参加して、ほんの少し茶の湯の世界を垣間見て、

その世界を極めた千利休にもちょっと興味があったので、

今現在、特に自分にご褒美をあげる理由が見つからないにもかかわらず、

読んでしまいました〜、一気に。グッド(上向き矢印)


小説は、利休が秀吉に切腹を命じられたその日から始まり、

どんどん月日をさかのぼることによって、

利休の人生と、その人となりが紐解かれていくのですが、

一貫して描写されているのは、

利休の、「美」に対する異常なまでのこだわりと、

「美」に対する、超人的な鑑識眼です。

読みながら、利休の見ているものを、利休の目で、

見てみたくなりました。目


「美は、見る人の目の中にある」とよく言われますが、

これは常に、美しいものに焦点をあてて世界を見ているかどうか、

ってことなんですね〜。ひらめき

何やかんやと雑多なものに焦点をあてて生きている私には、

利休の愛でたような奥深い「美」が、イマイチ分かりません。

お茶会で紹介されたお茶道具の善し悪しもさっぱり分からなかったし、

デパートに行っても、「ええ〜っexclamationこの人形が、こんなにするの〜exclamation&question

はぁ〜っ??この花瓶が、この値段〜〜〜exclamation&question

と、方々で目をむきまくっている始末で。あせあせ(飛び散る汗)

審美眼がある人の見ている世界と、私が見ている世界では、

全然違うんだろうなぁ、どこがどう違うのか、知りたいなぁ、

そんな風に、思いました。


しかしながら私は、幸いなことに、仕事柄、

人様のインナーチャイルドや、前世の魂に焦点をあてることが多いので、

人の心や魂の美しさに触れる機会が、多くあります。

なので、人の心や魂の美しさに関しては、

多少、審美眼があるんじゃないかな〜と、自負しています。

「美は、見る人の目の中にある」

モノの価値はよく分からないけど、

ヒトの美しさに関しては、利休くらいに、こだわって焦点をあて続け、

その道を極めていきたいな〜と、思います揺れるハート
posted by noa koa at 22:10| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月22日

ブッダの教え

読破しましたよ〜、「ブッダ」。本

どエライ文字数、ページ数でしたが、面白かったです。

ブッダの生涯を描いた小説なのですが、

その中に、様々な説話や教えが散りばめられていて、

大変勉強になりました。グッド(上向き矢印)

ブッダの説く教えの中には、

これまで勉強してきた、ヒプノやスピリチュアルと通じる部分も多くあり、

「ごもっとも〜、おっしゃる通り〜」と共感しながら、読み進めることができました。


ブッダによると、人が幸せになるためには、

「気づきの道」を行くことが大事なのだそうです。

「気づきの道」とは、意識を常に、過去でも未来でもない、「今ここ」に持ってきて、

自分の思考、知覚、感覚、行い等を、

無意識でなく、意識的に、明確に認識している、ということです。


例えば、ミカン1つ食べる時でも、

「自分は今、ミカンの皮をむいている」

「自分は今、ミカンの1粒をを味わっている」

など、1つ1つの行動や知覚に、いちいち意識を集中するのだそうです。


こうした自己訓練を続けるうちに、

意識を向けている対象物と、自分の意識がつながるようになり、

世界の森羅万象やその源が、理解できるようになってくるのだそうです。


―何か、分かったような、分からんようなですが。

何だかんだ、やっぱ、瞑想しろっつー、ことですな、と思い、

今後、瞑想の上達目指して、頑張ることに決めました。ひらめき


でも実のところ、瞑想、ニガテなんですよね〜。

そもそも相当な妄想族なので、気づくといつも妄想爆走中で、

瞑想しようとすると、かえって疲れる始末で。あせあせ(飛び散る汗)

神秘体験や啓示なども、瞑想中ではなく、いつも夢や寝起きや日常に訪れるので、

いまいちモチベーションも上がらず・・・。


ナンテ、言い訳、言い訳!パンチ

ブッダもガンジーもフランクル先生も、ついでにリコネクション創始者のエリックも、

尊敬する人々は皆、「瞑想exclamation×2」って言っているのだから、

いい加減、言うこと聞いて、努力しようと思います。

瞑想上達して、何かイイコトあったら、またご報告しま〜するんるん
posted by noa koa at 22:49| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

今さら太宰☆

今年は太宰治の生誕100周年とかで、

装丁を一新したオシャレな太宰本がいっぱいあるらしく、

ショッキングピンクのカバーをまとった「人間失格」を姉が買ってきたので、

借りて読んでみたのですが・・・。本


ビックリするほど、面白かった!!わーい(嬉しい顔)

いやぁ〜、日本の近代文学って、暗くてナルシスティックで意味不明、ってイメージだったけど、

笑った、笑った、太宰、めっちゃ面白いヤツやんexclamation

途中で何度も、吹き出してしまいました。


でも、こんなにユーモアとペーソスと鋭い洞察の才能を持った太宰が、

現実には何度も自殺を図り、最終的にその思いを遂げたことを思うと、

読後、太宰を親しい友達のように愛おしく感じてしまっていた私は、

とても悲しく、口惜しい気持ちにもなりました。

太宰のように、正直で繊細で純粋すぎる魂には、

この世はあまりにも醜悪で、耐え難かったのかも知れないけど・・・。

どうしたら、太宰のような人を救えたのだろうか、と、

何だか口惜しくて、しばし考え込んでしまいました。

太宰本人、己の堕落は「父親のせい」と小説の中で暗に洞察していますが、

それは、潜在意識を癒せば、きっと乗り越えられたはずなのに。

潜在意識に残る痛みは、太宰のような純粋な魂から幸せを奪い、

その素晴らしい才能をもつぶしてしまうのだ、と思うと、

本当に口惜しくて、その不条理さにやり切れない気持ちになりました。


―そして、何だか「仕事がんばろう」って気に、なりました。

ありがとう、太宰キスマーク


太宰って、多分皆は多感な思春期から20代くらいにかけて読むものなんだろうけど、

私は前述の理由から、ずっと食わず嫌いで読まずにいて、

この歳になって初めて読んでみたら、

思いがけず、分かり合える友達が一人増えたような、

そんな嬉しい気分になりました。

人生って、これだから面白いるんるん
posted by noa koa at 23:29| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月12日

神道の精神

先月からずっと気になっていた神道ですが、

やっと1冊、本を読み終えました。

そして、改めて(神道、いいわ〜黒ハート)と、感銘を受けました。

神道を伝統としている日本って、ステキ。

その精神を土壌に持つ、日本人って、ステキ。ぴかぴか(新しい)


その本によると、神道の基本精神は、「感謝」と「共生」です。

この精神は、日本の豊かな自然環境によって培われたもので、

我々日本人にとって、世界は克服するものではなく、

感謝して共に生きるものなのだそうです。

不足や不満に目を向けるのではなく、恵まれていることに感謝し、

変わりゆく環境とも、対立することなく共に生きていくのが、

日本古来の神道の精神なのだ、と。


アメリカ発の成功哲学なんかを読んじゃうと、

やたらアグレッシブな気持ちになって、

「いっちょ、やったるで〜!」ってな気持ちになったりしますが、

それは、日本人本来の精神性とは、相容れないようです。

日本人たるもの、まずは感謝ありきですぞ、と。


で、何に感謝するか。

「生かされていること」に、感謝するのだそうです。

人間は、神様の写し絵のようなものなので、

自分の中の「生命」に感謝することで、神様への感謝につながり、

そうすると、認められて喜んだ神様が、

物事をいいようにアレンジしてくださるのだそうです。


何か、ステキな理論。かわいい

ガツガツ頑張らなくてもよさそうなトコロが、

とおっても、気に入りました。いい気分(温泉)


で、自問。(最近、何かに感謝したっけ??)

自答。(感謝もしてるけど、同じくらい、文句も言っている)

いか〜ん!日本人たるもの、「文句」を「感謝」に変換しなければっ。

と、思ってやってみたら、意外にスムーズに変換できるので、

面白くなってきちゃいました。わーい(嬉しい顔)  例えば、

「上半身に比べて、下半身が太いのヤダ」

 →「重心が下にあって、倒れにくくてありがたい」

「顔がデカイのヤダ」

 →「遠くからでも見つけてもらいやすくてありがたい」

「貧乳ヤダ」→「休みの日にノーブラでもOKで超ラク。ありがたい」

「容貌がピークを過ぎている」

 →「もうセクハラに遭うことはないだろう。ありがたい」

「暑い」

 →「サウナに行かずともデトックスできるし、ビールがうまい。
   ありがたい」

「蚊に刺されてかゆい」→「生きてるってことだよな〜、ありがたい」

などなど。考え始めるとゲームみたいで、とても面白いです。わーい(嬉しい顔)


今後も、自分が何かしらに文句を言っているのに気がついたら、

このゲーム、やってみようと思います。ひらめき

こんなんで、神道の精神にかなっているのか、

はなはだビミョーな気もしますが・・・。たらーっ(汗)
posted by noa koa at 23:59| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月24日

「天使と悪魔」より

読んで観ました、今話題の「天使と悪魔」。

本も映画も、それぞれ面白かったです。

古のミステリーももちろん興味をそそりますが、

私がワクワクしちゃったのは、そこに記述されている最新の科学技術exclamation

アメリカからスイスまで1時間で飛ぶ超高速ジェット機が、

あと5年ほどで一般化するって、本当かしら〜??飛行機

だとしたら、超うれし〜い!!わーい(嬉しい顔)


年を重ねると共に、

飛行機に長時間閉じ込められているのがつらくなってきていた私は、

もうヨーロッパとかは無理かな〜と、半分諦めていたのです。たらーっ(汗)

まだ念願のチェコに行っていないのに。。。


というのも、前世退行で、自分の魂が生きたかもしれない、

色んな国での人生を垣間見ると、

実際にその国に行ってみたくなっちゃうんですよね〜。

実際にその地に自分が足を踏み入れた時、

どんな感覚が自分の中に沸き起こるのか、

あるいは、何も沸き起こらないのか。


前世退行で見た、第二次世界大戦中のチェコのユダヤ人だった前世は

とても強烈だったので、ウソかホントか、怖いもの見たさで、

いつかチェコの旧ユダヤ人街、特にシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)に

行ってみたいな〜と、思っているのです。ちょっと怖いけど。


でももう8時間以上飛行機乗るのはムリ〜と思っていたら、

「天使と悪魔」の本の中に、そんな朗報がっ。グッド(上向き矢印)

頑張れ、現代科学技術exclamation 私をチェコへ連れてって♪


そして、もう1つのワクワクは、物語の中核をなす素粒子理論。

素粒子については、15年ほど前にも読んだことがあり、

その当時すでに、「素粒子は、観察するものの意識に影響を受ける」

「あたかも、素粒子自体が意識を持っているかのようだ」と、

物質と意識との関連性が指摘されていて、

素粒子についての解明が進めば、

物理学と宗教学が融合する可能性があると書かれていました。


素粒子は、私たち人間の肉体をも含めた物質を、最小単位にまで

落とし込んだものですが、そこまで落とし込むと、

人間の肉体も、机や石などの物体も、構造的には変わりありません。

それが、レベルの違いこそあれ、それぞれ意識を持っている、と。

「あ〜、だから昔から、家や家具など、自分の身の回りの物に、

 生命があるような気がしてたんだな〜」と、

若かりし当時は、単純に、感覚的に納得していたのですが、

あれから20年近く経って、再び素粒子理論に触れ、

「もしかして、もうすぐ全容が解明されるのかっ?!」と、

ワクワクしてしまいました。


そういえば、こないだ日本人がノーベル物理学賞を取ったのも、

素粒子に関する研究でしたもんね〜。ひらめき

物質と意識が密接に関連し、

相互に影響を及ぼし合っているというこの理論は、

もしかしたら、昨今流行りの「引き寄せの法則」にも、

通ずるものがあるかもしれません。

物質世界の現実は、その人の意識で決まるという「引き寄せの法則」が、

もしかしたら近い将来、スピリチュアルな分野だけでなく、

物理の分野でも、証明されてしまうのかも。ひらめき

きゃ〜、もし証明されてしまったら、自分の人生のあらゆる部分について、

人のせいにも、社会のせいにも出来なくなる日が来る?!

言い訳や愚痴なんて言おうもんなら、

「物理的にあり得ない」な〜んて言われる日がくるかもしれません。

う〜ん、きびちい!科学はきびちい!(>_<)

でも、楽しみです。(^^)


「天使と悪魔」の主題からすっかり外れたところで、

妄想が暴走してしまいましたが、

夢や情報、想像力を与えてくれる「本」って、

やっぱり素晴らしいですね〜♪♪(^O^)
posted by noa koa at 17:11| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする