2019年04月18日

コントラスト体験。

どっからどー見ても春!(^○^)

朝の空気も甘く柔らかく、「なーんて幸せなのだっ!」と、

思ってしまいますね。(^.^)

春ってほんとサイコー。

冬があったから、なおさらサイコー。


そう書いてて今ふと思いましたが、コントラストって、

「サイコー感」を感じるのに、必要なことなのかも。

というのも、ホロスコープを勉強していて、「キロン」という

小惑星が出てくるんですね〜。

「キロン」というのは、前世から持ち越していきた魂の傷であり、

生涯をかけて癒していくべき霊的トラウマとされるものなのですが、

お勉強がてら、自分や姉弟のキロンを調べると、皆、「キロン」に

関わるような痛い経験を、今世の前半戦において、

体験してるんですよね〜。( 一一)

魂の傷が癒された喜びを十全に実感するためには、一度それが

失われた状態を経験することが必要である、とでも言わんばかりに。

「コントラストだなぁ〜」と、思ったわけです。


そう言えば、以前セルフヒプノでも、ハイヤーセルフに

同じようなことを言われたことがありました。

おなじみイケメンハイヤーセルフに、洞窟牢みたいなところに

閉じ込められてですね(もちろんイメージ映像の中でですよ)、

「何コレ。SMプレイ?」と思っていたら、しばらくして

出してもらえて、その後池で一緒にキャッキャ遊んでいると、

ハイヤーセルフが言いました。

「閉じ込められていたから、今自由なのが、より楽しいでしょう?」と。

コントラストですよね〜。(^_^.)


あんまりヒプノ体験のことを話すと、「変な人( 一一)」と白い目で

見られそうなのでアレですが、ホロスコープで調べた内容と、

ヒプノで体験した内容と、ほぼ合致しているのには、ホント驚く。

やはり、人の人生の大枠は、決まっているのだなぁと思い知らされます。

物理現象としてどう決まっているか、は具体的には知り得ないけれど、

「何をするため」「何を学ぶため」「何を癒すため」に、今世、

生まれてきたのかは、どうやら決まっているっぽい。

それから外れた人生は、生きられないっぽいです。

なーんか、そう思うと、腹くくっちゃいますね!


ツラい状況やツラい出来事も、後々「サイコー」って思うくらいの

快感を得るための、コントラスト用の体験なのかもしれません。

お釈迦様は「中庸がイイ」っておっしゃってましたけど、

凡人は両極端のコントラストを繰り返しながら、

少しずつ「中庸」に近づいていくのかもしれませんね。(^_-)
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2019年04月08日

新時代幕開けの春。

長持ちする桜と、新元号発表とで、今年の春は、華やかな春と

なりましたね。(^^)

TVで官房長官が持ち上げた「令和」の文字を目にした瞬間は、

なぜか総毛立つかのように肌が粟立ち、涙が込み上げそうに

なりました。


自分でも(えぇ〜、何でそんなに感動するのぉ?「平成」の時は、

何にも感じなかったのにっ。)といぶかしく思いましたが、私は

ごくたま〜に、自分の思考とは連動していない感情を感じることが

あります。

そういう時って、だいたい日本に大きな出来事があって、日本人が

心を一つにしている時のような気がするので、今回も日本中の人々の

感動が、大量に集合無意識に送り込まれたのだろうな〜と思いました。

その後のニュースでご年配のご婦人が涙しておられるのを見て、

(あれ?年のせいか・・・)とも、思いましたが。(^^ゞ


その後首相談話で「令和」に込められた思いを知って、

さらに清々しい気持ちになりました。

手話での「令和」が、手を前に差し出しながら花を咲かせるように

手の平を開く、というものになったというのも、素敵だな〜と

思いました。

心が「素敵だな〜、素晴らしいな〜」という思いで満たされる

というのは、とても幸せな気分になるものですね。

今年の春は、日本中が幸せに満たされたのではないかな〜と

思います。(^^)

有り難いですね。いい国だな〜、ニッポン。


先日会った中高の親友たちとは、「とうとう私たちも、3つの元号を

またいでしまったね〜」と話していましたが、私的には、3つ目の

「令和」が一番しっくりくる感じがしています。

何となく、「昭和」は親世代のもの、「平成」はアムロちゃん世代の

もの、っていう感じがしていたので・・・。(^^ゞ

「令和」は老若男女LGBTひっくるめて、日本人全員のもの、って

感じがするんですよね〜。

み〜んなが幸せじゃなきゃね!(^_-)

集合無意識でつながってるんだから。(^○^)


とまぁ、日本中が沸き立つ「令和」は梅由来ですが、今日本は

「桜」が満開。今年も満喫してきました。(^.^)


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   目黒川。強風にあおられ舞い踊る花びらが圧巻でした。

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            海軍道路。

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   こないだ咲いてなかった、みなとみらいの桜通りも満開。

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            のどか。

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        ちなみにウチの海棠も満開。
posted by noa koa at 11:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

名もなきスゴイ人たち。

開花しましたね〜、今年も、無事に、平和な日本を満喫できる幸せ。(^^)

まだちょっと満開とはいかない感じですけれど、

日々煽られているような気がして、つい行ってしまいます。

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            三溪園。

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          みなとみらい。

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          伊勢山皇大神宮。

伊勢山皇大神宮は、社殿がめっちゃキレイにリニューアル

されていました。

前の古式ゆかしげな社殿も好きだったけれど、

新しいのは新しいので、また立派。

来週には新元号が発表されるし、な〜んか(変わりゆくのだなぁ〜)

と、感じてしまいました。

私は牡牛座が強いので、あんまり変わるの、好きじゃないん

ですけどね〜。(^^ゞ

でもあんまり執着が強いと、死ぬ時ツラそうだから、

慣れておかないといけませんね〜。(^_^.)


執着と言えば、生まれて初めて「あ、これが執着ってヤツか」と

気づいたのは、初めての失恋の時でした。

気づいた途端に、驚くほど気が楽になりました。

生まれて初めてのよく分からない感情を、客観視した瞬間

だったのでしょうね。

そして、自分の思考回路も客観的に眺めてみると、

「あ〜、こっちに行くとツラい気持ちになるな」

「こっちの回路にすると、めっちゃ気が楽」などと、

自分の感情を意志でコントロールできるということにも

気がつきました。


もーそれからは使いまくりですね〜、この方法。

もちろん、その後さらにツラい思いをしたこともありましたけど、

「感情を客観視するとラク」「思考回路をコントロールすれば、

ツラい気持ちは続かない」ということが分かっているので、

ツラくてもどこか、達観気味。

まぁ、思考をコントロールできないほどの強烈なツラい目に

遭っていないというのもあると思いますが。( 一一)


以前海外のニュースで、夫と幼い息子を犯罪被害で亡くした女性が、

「神の采配なのだと思う」みたいなことを言っていて、

驚いたことがありました。

敬虔なキリスト教信者なのかな〜と思いましたが、事件直後に

そうしたコメントが出てくるってのが、達人レベルにスゴイ。(◎o◎)

世の中には、名もなきスゴイ人がいっぱいいるもんだな〜と、

衝撃を受けてしまいました。

「自分だったら?」と考えてみると、多分憤死。

己の未熟さ、小ささを思い知らされたのでした。


でも憤死する私と、達観するニュースの女性と、どちらが幸せかと

考えると、ニュースの女性ですよね。

感情を客観視する能力と、思考をコントロールする能力が最強だったら、

「幸せである力」も最強なのではと思いました。

私が常々「どーゆう心境なのか知りたい」と切望している、

命知らずの武士の皆さん方も、恐らくはそうした能力が

最高レベルだったのであろうなと思います。

「感情を客観視する力」と「思考をコントロールする力」、

その2つの能力が最高最強レベルだったら、一体どんな心境なのかっ。

今はまだ憤死レベルですが、少しずつでも鍛えていきたいなぁと

思います。(*^_^*)
posted by noa koa at 23:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月20日

「安心、安全」からの自己実現。

3月というのは、祖父母と父が亡くなった月であり、

個人的に超要注意な月と認識しているのですが、

先日、親戚のおじさん(89なので、一般的にはおじいさん?)が、

救急搬送されました。

搬送直前にかかってきた電話では、普通に元気でピンピンしていたので、

めちゃくちゃ驚きました。

幸い処置が早かったので命に別状はありませんでしたが、

やっぱり3月、コワイなと思いました。

寒暖差が激しいから、見えないところで身体に負担がかかっている

のかなぁ〜。

やはりこの時期、ささいな変調、不調も、甘く見たり見逃したり

してはいけないな、と、改めて気の引き締まる思いがしました。


先月の血液検査でお医者様に「パーフェクト」と言われたと言って、

有頂天になってまた食後にお菓子をバリバリ食べ始めている母にも、

釘を刺しておかなくっちゃ・・・。

本当に、改めて、命に別条がなく、毎日がつつがなく平和である

というのは、本当に本当に有り難い、幸せなことだなぁと

実感させられました。

それ以上を望む気がしないな!(色々ツッコまれそうですが。(^^ゞ)


マズローという方の唱えた説によると、人間は、「安心、安全」という

土台的欲求が満たされないと、「自己実現」というさらに高度な欲求へと

向かえないみたいですね。

人が何に「安心、安全」を感じるかはそれぞれなので、一概には

言えませんが、私の場合は、家族の心身の健康が保たれていないと、

居ても立っても居られないタイプ。

何かあるとすぐに「私が何とかする!」とイキリ立つので、

自分の自己実現どころではなくなります。

祖父母や父の死に際して「何もできなかった」というトラウマが、

心にズンと、あるんですよね〜。

どこか「私がもっとしっかりしてれば」と、歯噛みをしている自分がいる。


「死」なんてものは、誰にもどうにもできないものだから、と、

一般的にはそうだと分かっているし、自分も他人にはそう言うと思う

のだけれど、「私がボーッとしてたから」という突き上げるような思いは、

そうした表面的な所からではなく、魂の底から湧いてくる思いのような

感じがするのです。

前世からの、トラウマなのかも。


そう言えば、十数年前になりますが、「自分が自由気ままに遊びに

出掛けてしまったがために、仲良しの赤ちゃんが雨に打たれて死んで

しまって、その墓前で心臓が張り裂けんほどに泣き崩れている猫」

の夢と、「満州からの引き揚げ団にいる4人の子持ちの母親が、

配給を取りに行っている間に、下から二番目の子(3、4歳)が

自分を足手まといだと思って、雪深い外に出て行ったたまま

行方不明になってしまった(自分の意識は母親)」という夢を

立て続けに見たことがありました。


どちらの夢も、あり得ない悲しみの中で目覚めたのですが、

起きてすぐ胸の中に浮かんできたのは、「自分が相手にちゃんと

関心を向けていなかったからだ」という自責の思いでした。

同じような思いと感情を喚起させるような夢を立て続けに見たことで、

「同じこと繰り返すなよ〜」的なメッセージ性も感じました。


ある意味、私の今世は、自分に関心を向けるのではなく、身近な人間の

感情や揺らぎに関心を向けるべく生まれてきた人生なのかもしれません。

「女性が輝く」「1億総活躍」の世の風潮に、全く逆行していますけど。
(;一_一)


「家族の心身の健康や生命」という、いつどうなるか分からないものに

「安心、安全」を求める私に、マズローの言う純粋な自己実現欲求が

芽生えるのは、ちょっと難しいかもなぁと思います。

もしかしたら、「家族の心身の健康や生命に関心を向けることを怠らず、

その微妙な揺らぎを敏感に察知して、コトが起きる前にしかるべく

対処すること」が、今世における私の自己実現なのかもしれません。

・・・めっちゃ地味〜。(;一_一)


潜在意識を探ることで、華々しい自分を発見することもありますけれど、

このように地味〜な自分を発見することもあります。(笑)

でもトラウマにトラウマを重ねたくなければ、早めに自覚した方が

良さそうですよね。(^_-)

華々しい自己実現人生をお持ちの方々、総活躍、応援していま〜す☆(^^)
posted by noa koa at 14:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月13日

春の日に。

啓蟄も過ぎたということで、冬籠りの穴から這い出してきました。

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       みなとみらい、春の海。

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   甘酒、日本酒のシャーベット、桜のジェラートとロールケーキ。
   ニッポンの春だなぁ〜。(*^_^*)


みなとみらいでは、マリンウォークのすぐ近くに、また新しい

船着き場兼ホテル兼グルメパークができるそうです。

景気アゲアゲじゃないっすかー。

東京オリンピックさまさまですね。

完成予想図の前にいたら、サイクリングのおじさんが、

豪華客船の旅の醍醐味を、ひとしきりお話してくれました。

なんか、み〜んなワクワクしてるんだな〜と思って、

ちょっと嬉しくなりました。(^^)

春って、いいですね。(*^_^*)


昨日、ホロスコープを調べていて、「地球の生命には、

自然のリズムがある。春に芽吹き、夏に盛り、秋に実り、

冬に種を育む。」といった記述がありました。

吉田松陰も、同じようなことを言っていました。

「人の一生には、四季がある」って。

植物に一年草もあれば一千年の巨木もあるように、そのサイクルの

長さは人それぞれだけれど、地上に生きとし生けるものは皆、

そうした自然の理に従って生きていることには変わりがない。


死ぬ直前にそーゆーことを悟っちゃう松陰先生って、きっと

天王星の効いてるホロスコープの持ち主なんだろうな〜と、

思いました。

やることなすこと、型破りでエキセントリックですしね。

一方、西郷さんは、海王星が効いてるっぽい。

「敬天愛人」なんて、まさに海王星そのもの。

――最近、人をホロスコープ的に見てしまうのもどうかと

思いますけれど。(^^ゞ


「我が人生、冬の時期が長いなぁ!」という人も、時が来れば、

生命が自然とワクワクし出して、思わず芽吹いてしまうから大丈夫、

だってそれが、自然の理なんだから。

――とは書いてませんでしたし、誰も言ってませんけど、

そう感じましたね〜、この春の日に。(^.^)

皆それぞれの生命のリズムを感じ取って、それぞれの四季を、

豊かに生きていきたいものですね。(^^)
posted by noa koa at 12:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月05日

親の有り難さ。

ひな祭りも無事終わり・・・。

我が家の床の間に半月ほど出ていたひな飾りも、

サッサと片付けられました。

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       シャンパンロゼ&ちらし寿司。

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       ロゼワイン&生け花。

母曰く、ひな人形というものは、あれば毎年出さなければならず、

ひな祭りを過ぎたら速攻片付けなければならないそうです。

(めんどくさ。何で買うたんや〜)

と思ってしまいますが、ひな壇飾りには祖父や曾祖父の思いが

込められているので、出すとご先祖の愛情の系譜に触れるような

気がして、深い感謝の念が湧き起こります。

親の親、その親の親親親含め、親っていうのは、有り難いもんだなぁ〜。


今世の私の人生において、親というのは、精神的にかなり比重の高い

存在でした。(まだ1人残ってますけど)

愛着故の苦しみを、味わわせてくれる人たちでしたね〜。

(まだ1人いますけど)

ホロスコープによると、私は今世、男性性に偏り過ぎている魂の偏りを

女性性に揺り戻さねばならないそうなのですが、まさにそうした方向へと

導いてくれる存在でしたね。

特に父。

父との関係は、最初は男と男の覇権争いみたいな感じでしたが、

やがて「これでは問題の根本が解決しない」という考えに至り、

「癒し」へとスタンスが変わっていきました。


一方、母は女性性のお手本ですね〜。

こんなにも受容的な人、いる〜?って感じ。(@_@;)

あまりに受容的過ぎて、許しがたい理不尽とも戦うことがないので、

代わりに私の中の闘魂が爆裂することが多かったですけれど。(^^ゞ

両親共に、私の魂が前世から持ち越してきた男性性をまざまざと

再体験させ、「戦うのって、勝っても負けても、結局ヤな気分になるな」

「優しさベースの女性的なアプローチって、有効だし、イイ気分」

ということに、気づかせてくれました。

しんどかったっちゃー、しんどかったけど、

有り難いっちゃー、誠に有り難い存在。


そんな重くも有り難い親の存在ですが、自分のホロスコープを

リーディングしてみて、宇宙の采配を感じましたね〜。( 一一)

ちなみにこのような、物質次元の目的より大きな、霊的次元の魂の

目的を表すのは、ホロスコープではドラゴンヘッドという感受点です。

(物質次元における人生の目的は、太陽や土星が表す)

ドラゴンヘッドのサインは同い年共通なので、個人を見る時は、

サビアンシンボル(数えではなくそのままの度数で読む)と、

ハウスで読みます。

詳しくは、私よりはるかに詳しい方が様々なサイトで解説して

くださっているので、そちらをご参照いただくとして・・・。

もし「ナンでこう人生ツラいかな」とか、「な〜んか今までのこの

アプローチ、有効でないな」などと感じている方がおられましたら、

一度ご自身のドラゴンヘッドを調べてみてもいいかも〜☆と、思います。


ドラゴンヘッドの示唆するスタンスで生きると、高次元のサポートが得られ、

時空を超えた人との縁(ソウルグループ)とつながり、

人生がスムーズに展開したり、飛躍拡大したりするそうです。

私は母ほどの女性性を身につけるにはまだまだ程遠いけれど、

方向性だけは過たないよう、今後とも気をつけようと思います。(^^)
posted by noa koa at 10:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月27日

今年もホロに夢中。

庭の梅が、ほぼ満開です。(写真は先週ですが)

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去年、枝切りを我慢したお蔭で、今年はたくさん咲きました。

てことは、今年は実もなるかな〜。楽しみです♪(*^_^*)


梅は咲けども己は咲かず・・・って感じで、

全くインスピレーションのない最近。

平和泰平極まれり、これでいいのだと思いつつも、

これでいいのかとも思う。

まぁ、異変を察知するよりナンボかいいですけどね。

油断大敵、天災は忘れた頃にやってくる。

家族の健康と日本の平和に、今日も心から感謝する次第です。


さて今年も驚いたことに、ホロスコープブーム、続いています。

だってコレ、ふっかい!

ホロスコープの世界の全容を完全理解、把握して、解読し切れる人が

この世にいっぱいいることに、ただただ驚き!

相当スピリチュアリティに長けていないと、できないだろと

思うのでした。


色々知っていくうちに思ったのは、性格であれ、環境であれ、

人生展開であれ、何一つ自分の力が及ぶことはないのだなぁということ。

人生、自分が一生懸命考えて、自分の性格を形作り、物事を決定して、

奮闘して生きてきたような気になっていますけど、そもそもどういう性格で、

どういう思考パターン、行動パターンで、どういうことが起こり、

人生の景色はどんな風か、ある程度決まってるんじゃん、と。

もちろん具体的細部は生きてみなければ分からないのですが、

決まったキャラクターで、決まった人生を体験しているだけっぽい私たち。


何ゆえそんな、撮影済みの映画をなぞるような体験をしているかと言えば、

キャラに乗っかった魂が、必要な実体験を得て、すくすくと成長するため

なのだそうな。

スピリチュアルでしょお〜?

私を含め、ホロスコープの解読を求める人は、もっと世俗的に利となる

情報を欲しがっていると思いますけどね。(^_^.)

どうにもこうにも、なるようになっている人生を、客観的に理解して、

諦めるべきは諦めるためのツール、って感じです、今のところの感想は。


行き着く哲学はこれまで学んできたものと大差ありませんが、

何より「自分の宿命」を窺い知れるってのが、ホロスコープの

面白いところ。

なるようになっている自分と人生をウォッチングしながら、

ホロスコープの示唆する今後の人生が具体的にはどんな体験になるのか、

注意深く検証していきたいと思っています。(^.^)


ちなみに、占い大好き、人生の謎解き大好きっぽいことも、

ホロスコープに出てましたね〜。(^^ゞ

色んな叡智を比較検討して、そこに共通する普遍的な法則を見出す

ということを、やらずにはいられないのだそうです。(まさに〜)
posted by noa koa at 12:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月19日

これ以上なく納得。

昨日は暖かかった!

「もうすぐそこ」の春を実感しましたね〜、幸せだった!(^○^)

陽光に誘われるがままにお散歩し過ぎて、

股関節が痛くなりましたが。(^^ゞ


さて、前回の記事で「納得がいくと、気が楽になる」という話を

していましたが、私の身にも、納得のいく出来事がありました。

発端は、姉から送られてきたとある記事。

父方の姓である「鈴木姓」の発祥とされる神社が、存続の危機に

さらされているという記事でした。


「鈴木姓」のルーツが神社であるとか、物部氏であるとかは

聞いたことがありましたが、和歌山の熊野信仰の発祥だったとは、

知らなかった!

和歌山は、母方の祖父母の故郷であり、母方の祖先に愛着のある

私にとっては、そもそもゆかりの深い土地。

実は母方だけでなく、両親共に、そのルーツが和歌山にあったことに

まず驚き、その信仰が熊野信仰だったことも意外でした。


そこからさらに調べてみると、熊野信仰とは熊野本宮、速玉、那智の

ある熊野三山を信仰するもので、発祥は古代の神武東征あたりに

遡るのだそう。

その頃畿内にあった国で権勢を誇っていた豪族が物部氏で、

その物部氏が神武東征後、熊野信仰を広めたのだそうです。

神話時代の話なので真偽いきさつは定かではありませんが、

ロマン広がり、興味をかき立てられます。(*^_^*)


そこで、思い出した事がありました。

速玉神社が海辺に移る前の元宮だったという、神倉神社に行った時、

明らかにただならぬ神気を感じたこと。

山上のお社を参拝後、境内でお掃除していたおじさんに呼び止められ、

「実は別の場所に隠された聖域がある。あなた方なら分かるから、

もう一度行って、そこを参拝してきなさい」と言われたこと。

山を下りる途中で、もう一人のおじさんに呼び止められ、

木の精とのつながり方を教えてもらい、

山上の神様の憑代「ゴトビキ岩」の写真をもらったこと。

体感した神気と、それらのエピソードによって、神倉神社は私の中で、

特別な神社として位置付けられることとなったのでした。


さらに調べると、物部氏の始祖は、大和王朝以前に畿内を治めていた、

ニギハヤヒという天孫なのだそう。

そこで驚きと共に、また思い出しました。

横浜の伊勢山皇大神宮境内にある大神神社の分霊の岩にビリビリ感応し、

導かれるままに大神神社裏の三輪山に登ったら、中腹にあったある

1本の杉の木に呼ばれたのだということが直観的に分かり、

その杉に触れた瞬間、「私はあなたの親のようなものですよ」と

言われたことを。


「杉が親って、どういうこと?!」と、当時は意味が分からず

モヤモヤしていましたが、その後、動植物も人間もいっしょくたの

「類魂」という概念を知って、(多分、杉という植物は私の類魂なの

だろう)と一応納得したのですが、それにしても植物なのに、

人間の私に対して上からだったことに、多少のモヤモヤが残りました。

さらにその後、三輪山の杉は神様の憑代であると知り、

大神神社の御祭神を調べたところ、「大物主」という正体不明の神

であることが分かり、さらに調べてみると、「大物主」とは、

どうやら「ニギハヤヒ」という歴史上消された人(神)であるらしい

ことが分かりました。


(神様だったのか〜。なら、上からでもしょーがないな。きっと、

私の魂波動と似たタイプの神様なんだろうな)とやっと納得し、

胸のモヤモヤも消えたのでした。

ニギハヤヒは、崇神天皇時代に祟りを起こして、その怒りを鎮めるために

大神神社に祀られたそうで、怒るとコワい(普段はとっても優しい)私と、

似てるっちゃー、似てるので。(^^ゞ


まー、そんな感じで自分の中で一件落着、その後は興味が遠のいて

いたのですが、今回の件で、またもやニギハヤヒの名が出てきた

ことにビックリ。

それが、父方の姓の始祖だったってことは、

「リアル親だったんじゃん!」と。\(◎o◎)/!

いやはや、これ以上なく、納得したのでした。


ところで、鈴木姓は、全国で2番目に多い姓。

つまりニギハヤヒを親に持つ子孫は、全国にた〜っくさん、

いるってことですね。

ニギハヤヒは歴史から消され、物部氏は朝廷を追われて全国に

四散したのに、この繁殖ぶりはスゴイ。

キリスト没後の、使徒の活躍とキリスト教の広がりっぷりみたい。

ニギハヤヒさんって、すっごい人(神)な気がしてきた・・・。
posted by noa koa at 14:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月11日

春の胎動に徒然る。

寒いですね。2月ですしね。

しかしながらな〜んとなく、大気に春の気が混ざってきている

感じがします。

(春が近いな)と思うと、ワクワクしてきますね〜、

四季のある国ならではのワクワク感。

「今年」が本格的に動き出すんだなぁ、どんな年になるのかなぁ、

って感じ。(^.^)


そういや、おみくじや占いではビミョーなんだった、私の今年の運勢。

でも運勢の良しあしや幸不幸って、当人の感性の問題な気もします。

人生にヤなことあっても、絶対に周囲に優しい人はいるし、

そのヤなことを学びにするか、ただクサクサメソメソするかは、

100%本人次第だし。

自分の意識の焦点を、「運のいい部分」に当てるか、

「運の悪い部分」に当てるか、「恵まれている部分」に当てるか、

「気に食わない部分」に当てるかで、自分の人生をどう感じるかが、

違ってくるんじゃないかなぁと思います。


まぁそれもこれも、平和な国に住んでるから言えるって感じ

ですけどね。

内戦中だったり、恐怖政治下だったり、ギャングが横行していたり

する国で、そうした生き方を貫けたら、それこそ達人だよなぁ。

凡人にとって、国家や社会の平和が個人の幸せのベースとなっている

ことを思うと、今年の私の個人的運勢がどうであれ、基本的な所で、

感謝しかないですね。


占いで思い出しましたが、先日ハワイで会った親戚の女の子が、

「動物占いで、夫のことがちょっと理解できるようになって、

気が楽になった」と言っていました。

(そもそも理解できていない人と結婚したんかい!)と思いましたが、

結婚後に、理解できない面が出て来たんでしょうね〜。(^_^.)

「理解する、納得する」ということが、人の心の苦しみを楽に

させることができるのだなぁと、改めて感じました。


お釈迦様の達した「悟りの境地」も、つまりは究極の理解に達した、

この世のカラクリが全て分かった、ってことなんだろうと思います。

鶏は鶏で、ライオンはライオンなのに、鶏にライオンであって欲しいと

願うところに、苦が生ずる、ってトコロなんだろうな〜。

(コレ、私がセルフヒプノでハイヤーセルフに言われたことですが。)


つまり、こちらの「我」が、苦の原因ですね。

まーしかし、「苦」がないと「我」に気づけないので、

人生に「苦」も必要ですね。


動物占いって、そもそも算命学の一部分だけを抜き取ったような占いで、

言及されているのはその人の一面だけだと思うのですが、それが彼女の

理解を促し、心の苦しみを減じ、相手と仲良くやっていこう、

やっていけるかもという原動力、希望になったのだとしたら、

それは動物占い、あんたグッジョブ、素晴らしい貢献だなと思いました。


「ちなみに、私ペガサス」と彼女に言ってみたら、

「あ〜、ペガサス結婚向かないから!」って言い放たれました。(笑)

しかし西洋占星術では、「人の財運を上げ、人の稼ぎで食っていく」

という、キャリウとは程遠い星回りの私。

総合すると、何だか日陰の女っぽいイメージしか、

思い浮かばないぞ・・・・。(^_^.)
posted by noa koa at 14:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする